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因縁の手摺り



 ふっと感じる殺気。
 わたしは、反射的に頭を傾げた。
 髪一本の隙間を残して、黒い影がかすめる。
 振り返ると、猫が階段の手摺りの上で落ちまいと懸命になっていた。人の頭を叩こうとして、避けられたためにバランスを崩したらしい。
「甘いな、おぬし」
 わたしは笑みをもらし、その場を去った。後には暗闇で悔しげに光る猫の目があった。



「いてっ」
 やられた。
 油断していたわたしは、手摺りに座り、ずっと待ち構えていた猫に頭を叩かれた。悔し紛れにわたしは猫にパンチを繰り出す。
 パンチ、パンチ。
 猫は前足で受けとめる。
「やるな、おぬし」
 パンチ、パンチ。
 猫とのボクシング。
「いてっ、噛みつきは反則だよ」



 またしても、手摺りの上に猫がいた。
 そして、またしても、彼はわたしに飛びかかった。
「うまくいくかっ」
 わたしはさらりと身をかわし、襲撃に失敗した彼は手摺りから落ち、必死で手摺りにぶら下がった。
 驚愕するわたしと猫。
 前足でぶら下がった猫が、そのまま下まで滑っていく。わたしが助ける間もない。
 ああ、猫のサーカス。
 彼は下まで降りると、何事もなかった顔をして去って行った。何もなかった事にしたかったらしい。その背中にはプライドが傷ついた哀愁が漂っていた。




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