命ある者
5 燃え盛る炎が音をたてる。もう夜更け近かったが、ダリンは気分が高揚しとても寝つけそうになかった。 あれほど心を悩ませていた殺しをせずにすんだばかりか、もうすぐ都に帰れる。心が浮き立つ。贅をつくした食事や豪奢なベッドがとても恋しい。 小人のような魔物たちが、斧を片手に近づいてきた。ダリンは慣れた剣さばきで屠り、何事もなかったように腰を下ろした。 ルビーとグラントは、廃坑で眠っている。魔物が廃坑に行っていないだろうかと目をむけたが、魔物の嫌う寄生木が入り口においてあるおかげでなにもいない。 「人殺しっ」 唐突に薄汚い猿のような≪ヒューン≫が、短剣を振りかざして走ってきた。ダリンが何事かと身をかわし、≪ヒューン≫の短剣を持った腕を捕まえた。 「離してっ」 ≪ヒューン≫がどうにか手を離そうと暴れたが、ダリンは離さなかった。 「どうした」 騒ぎを聞きつけて、グラントが起きてきた。ティナを見て驚く。 「ティナ、なにやってるんだ」 「おれを殺すつもりらしい」 ダリンはティナの手から短剣をもぎ取った。 「いったい、なんでまた」 「こいつが、村のみんなを殺したのよ」 ティナが悲痛な声をあげ、グラントは疑わしげにダリンを見た。 「おれが、理由もなく≪ヒューン≫を殺すと思うのか」 ダリンが憮然とする。 「すまない。ティナ、ダリンはそんなことをする奴じゃない」 怒りに目をぎらつかせたティナは、そんな言葉に納得しなかった。 「父さんもローラも剣で殺されたのよ。ほかに誰がいるっての」 グラントもダリンも心辺りがなく、いったい誰がと顔を見合わせた。 「本当に村のみんなが死んだのか」 グラントが聞きなおす。 「そうよ。帰ったら、生き残った人たちはみんな剣で殺されてたわ。赤ん坊もよ。こんなことするなんて、ひどすぎるわ」 「あたしがやったのよ。そんなにひどいことかしら」 まったく悪びれもしない新たな声に、一同は振り向いた。草むらに、死んだはずのグレイシアが立っていた。ダリンは、厄介なことになったと舌打ちする。 「目障りだから、殺してやったのよ。あいつらときたら、醜くって臭くって。まだ生き残りがいたなんて残念だわ。皆殺しにしたと思ったのに。ダリン、その子をよこして」 「ひどいわっ」 ティナは短剣を拾い飛び掛かろうとしたが、グラントに取り押さえられてしまった。抵抗するが、抱えあげるようにして廃坑のほうに連れて行かれる。 「死体は燃やすべきだったな」 ダリンがグレイシアに向かって悔やむように言い、剣を抜いた。 「無理よ」 グレイシアは妖艶にほほ笑み、細みの剣をかまえる。 「昨日は雨だったもの」 「今日は、晴天だ。盛大に燃やしてやる」 ダリンが打ちかかる。グレイシアは剣でさらりと受け流した。 「いいことを教えてあげるわ。ルビーを殺したのもわたしよ」 「残念だな。生きている」 「あら、彼女、わたしみたいに生き返ったの」 それを聞き、ダリンは嘲笑した。 「研究不足だな」 感情を押さえた冷たい声で言う。 「≪ガーディン≫は、生き返りはしない」 「わたしは、生き返ったわ」 グレイシアは自分は特別だとばかりに両手を広げ、誇らしげに声を張り上げた。その隙を狙って、ダリンは切りかかった。グレイシアの手から剣が跳ね飛び、大地に突き刺さる。 「亡者だ。力がある者は、残留思念が強い。おまえは、死んだことが自覚できないただの思念だ」 「たとえ、そうだとしても、わたしの思いはとげられるわ」 グレイシアは傲慢に言い、剣を拾おうと走りだした。その背中をダリンが切る。グレイシアは反動で二、三歩よろめいたが、体に傷はできなかった。 「あら、おもしろい。思念は、剣で傷つかないらしいわ」 自分の体に傷がないことを確認し、グレイシアは笑った。不死身であることを知って、悠然と剣を拾いに行く。 手を貸す必要もないだろうと見学していたグラントは、慌てて鞘から剣を抜いた。目を覚ましてようすを見ているルビーにティナを任せ、グレイシアを切りつける。やはり、傷つけることはできない。 「化け物め」 グラントが悪態をつく。 「あんたなんかおよびじゃないわ」 剣を拾い、グレイシアはおもしろくなさそうに言う。 「悪かったな」 グラントは、大剣を軽く振り回した。グレイシアの細みの剣に当たり、あっけなく折れる。 「なんてこと」 グレイシアは、剣を放り投げた。グラントにつかみかかる。それを軽くあしらおうとしたグラントは、反対に地面に叩きつけられ愕然とした。 「なんてばか力だ」 「≪ガーディン≫の力が蘇ったからよ」 グレイシアはグラントの剣を拾い、振り上げる。そこへ、ダリンが激しく打ちかかった。何度も手応えを感じたが、グレイシアは平然としている。 「どうすりゃいいんだ」 グラントは毒づいた。ダリンが早く逃げろと叫ぶ。 「そんなことできるか」 ダリンの剣が宙に飛んだ。グレイシアはすかさずダリンの胸をつき、彼はひざまずく。 「ダリンッ」 黒い影が廃坑から飛び出し、グレイシアを襲った。またしても、彼女は剣を取り落とし、グラントは自分の剣を取り戻した。 ルビーが空中でくるりと一回転し、ダリンのそばに降り立つ。 「怪我はっ」 人の姿に戻り、かがんで動かないダリンの傷を見る。 「大丈夫だ」 だが、言葉とは裏腹に、ダリンの顔には冷や汗が浮いている。 「あなた、残念ながら、死ななかったのね」 グレイシアはつまらなそうに言い、ダリンが取り落とした剣を拾う。 「ええ、死ななかったわ。魔獣になると傷の治りが異常に早くなるの。あなたが≪ガーディン≫の力を開花させてくれたおかげよ」 グレイシアに向き直り、ルビーは赤い線を残すだけとなった胸元の傷を指し示した。 「お礼を言うべきかしら」 再び、ルビーは魔獣になり身構える。 「やめろ、ルビー。あいつは死なない。逃げるんだ」 ダリンが制止する。 「なら、おまえたちが逃げろ」 グラントが、グレイシアと二人の間に割って入る。 「冗談じゃない」 ダリンが言い返す。 「言い争ってる場合か。とっとと行けっ」 グラントは叫んだが、ダリンはそれを無視した。ルビーにささやく。 「ルビー、宿り木を取ってきてくれ」 宿り木がなんの役にたつのかわからなかったがルビーはうなずき、廃坑へと取りに行く。気づいたグレイシアが邪魔をしようと切りつけてくる。ルビーは魔獣になって避けた。宿り木を咥え、ダリンの元に戻ろうとする。 「そんなものをどうしようっていうの」 グレイシアはルビーから宿り木を取り上げようと、行く手を塞いだ。ルビーは低くうなって威嚇する。 廃坑の中で戦いのようすを見ていたティナは、なぜ、宿り木がいるのだろうと不思議に思った。宿り木だったらなんでもいいのだろうか。 グラントが剣を使うのをやめ、グレイシアにつかみかかった。グレイシアは倒れ、その上をルビーが飛び越える。すぐさま、グレイシアはグラントを振り払い、ルビーのしっぽをつかんだ。ルビーは横転し、宿り木が口から放れる。宿り木は焚き火の中に転がった。 グレイシアが笑みをもらす。 「あら、残念ね。燃えちゃったわ」 ティナはグレイシアが宿り木に気をとられている隙に、ダリンのそばに行った。 「これでもいいんですか」 ティナは身を守るために持っていた宿り木を、ダリンに差し出す。ダリンは驚いてティナを見た。まともに目があい、ティナの顔がほてる。 「ああ、これでいい」 ダリンは宿り木を折り、樹液を口に含んだ。 「みんな、離れてくれ。≪ガーディン≫の真の力を見せてやる」 ルビーは不安そうに魔獣の姿のまま、引き下がった。グラントも警戒しながら、グレイシアから離れる。ティナは茂みの中に隠れた。 「あら、まだ宿り木があったの」 グレイシアが、悔しそうに言う。 「でも、そんなもので≪ガーディン≫の力は発揮できないわ。魔物が寄らなくなるかもしれないけど、わたしには、なんのききめもないしね」 さんざん研究しつくしたグレイシアはダリンをあざ笑い、試すようにゆっくりとダリンに近づく。 「研究不足だな。≪ガーディン≫の力は使えるようになればいいわけじゃない」 「あら、そうなの」 グレイシアは、素早く打ちかかった。ダリンは避けようともせず、剣は彼を突き抜けた。ルビーが人の姿に戻り、肺が張り裂けそうなほどの悲鳴をあげる。グレイシアは勝ち誇った笑いをあげた。 「これが真の力なの。たいしたことないわね」 グレイシアは剣を抜こうとし、ダリンがその手をつかんだ。万力でつかまれたかのように、びくともしない。 「なんのつもりよ」 グレイシアの勝ち気な顔が、引きつった。ダリンの目が青く光りだし、そこからあふれるように光は全身へと広がっていく。 グレイシアはうろたえ、ダリンから離れようと暴れた。光は突き刺さった剣をつたい、グレイシアに移っていく。光にふれた箇所が焼けつくように痛み、グレイシアは悲鳴をあげた。光は容赦なく全身を包みこむ。細胞のひとつひとつが燃え出していくような苦痛に地獄の底から響くような低くおぞましい声をあげ、やがて、爆発した。 ダリンが力つきたかのように、その場に倒れる。 「ダリンッ」 ルビーは、泣きながら駆け寄った。ダリンから、光は消えている。突き刺さったままの剣を抜き、しっかりと抱き締める。 「お願い、死なないで」 グラントがルビーをダリンからどかし、傷をみた。急速に傷が治っていく。呼吸もしっかりとしていた。グラントは、ほっと息を吐いた。 「死にそうもないな」 その言葉に安堵したルビーは、糸の切れた人形のように崩折れた。 「ああ、よかった」 翌朝、ダリンの意識が戻るなり、ルビーは彼の頭をきつく抱き締めた。 「目が覚めないかと思ったわ」 「宿り木のおかげで、そんなことにはならないさ。宿り木は体力を消耗しすぎるのを防ぐんだ。使った力によっては廃人になるからな。力を発揮するために必要なわけじゃない」 「まぁ、そうなの。あれはとても大切なものだったのね。ティナが持っていてくれてよかったわ」 ダリンはルビーを離れさせると、彼女の姿をじっくりと懐かしむように見た。 「もとに戻ってよかった」 今度は彼女を引き寄せ、口づけする。 「ああ、ダリン」 ルビーは涙を浮かべて、その名を呼んだ。二人は熱い抱擁を交わし、互いの愛を確かめあった。幸せなときが過ぎていく。 「ねぇ、お願いがあるの」 ややたってルビーはダリンから身を離し、言った。 「なんだい」 「こっちにきて」 ダリンの手を引き、ルビーは廃坑から出る。外では、グラントとティナが岩に座って、なにやら話していた。 「遅いお目覚めだな。もうすぐ昼だぞ」 グラントが暗に冷やかす。それを無視してルビーはティナの肩に手を回し、ダリンに向き直らせた。ティナはダリンに真っ向から見られ、真っ赤になった。 「わたし、村を襲った償いに、都に一緒に行こうって約束したの。いいでしょ」 ルビーは、ダリンのようすをうかがいながら言った。案の定、ダリンは名門の≪ガーディン≫らしく面食らった。 「なんだって、このおれが≪ヒューン≫と一緒に旅をするのか」 驚きのあまり、声がうわずる。ティナはダリンがそういう反応をすることをグラントから聞かされてはいたが、やはり目の当たりにすると心が痛んだ。≪ヒューン≫をそこまで毛嫌いすることはないのに。 「ルビー、リューテシド家の者は、≪ヒューン≫を身近においたりしない」 「あなたって、すぐにリューテシド家の者はって、持ち出すのね。わたしは、魔獣になって大勢の人を殺してしまったわ。少しでも償いをしたいのよ。お願い」 ルビーが、涙を浮かべる。 「わたし、あんなひどいことをしてしまって、死んでしまいたい」 思いつめたルビーの言葉に、ダリンは肩をすくめた。 「気のすむようにすればいい。おれに近づけさせないでくれよ。ちょっと、水を飲みに行ってくる」 ダリンは内心、怒っているようだった。水筒があるにもかかわらず、川に行ってしまう。 「まぁ、そんなに≪ヒューン≫がいやなの」 ルビーは、ティナ以上に傷ついたような顔をした。 「ルビー、あれでも、≪ガーディン≫としちゃ、かなりいいほうじゃないか」 グラントが、ダリンの肩をもって言う。 「他の≪ガーディン≫なら、剣をむけた≪ヒューン≫を生かしておかない。ティナはダリンを殺そうとしたのに、あいつはそのことをなにも言わないじゃないか」 そう言われ、ティナはいまだになんの罰も与えられていないことに気づいた。ルビーは少し機嫌を直した。 「そうね。他の≪ガーディン≫なんかより、はるかにましだわ」 ティナ、ダリンとルビーは、≪ガーディン≫としては変わってるんだ。他の≪ガーディン≫だったら目があっただけでも、殺されるかもしれない。それでも、都に行きたいのかい」 グラントが、不安そうに念を押す。ティナは脅されて蒼白になったが、それでも首を横に振った。 「もう行くところがないんです。一緒に行くしかないんです」 「ほかの≪ヒューン≫の村に行ったっていい」 ルビーはすねたように、グラントを小突いた。 「わたしが、面倒みたいのよ。償いをさせてくれないの」 グラントがわかったよと、引き下がる。 「ティナ、グラントが言うように必ずしも悪いことばかりじゃないわ。わたしが、ちゃんと幸せにしてあげるから、安心して」 ルビーが決意をこめて言い、ティナはくすりと笑った。グラントは都の悪いことばかりを言い、ルビーはいいことばかりを言う。実際はどんなだろうと、地平線の彼方に目をやった。あの方向に都がある。すべての答えを秘めた≪ガーディン≫の住む都が。あそこにはどんな物語があるのだろうと、ティナは考えた。 |
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