三日月の森・4

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三日月の森



 屋敷が大きく突き上げられ、立っていた三人は足を取られ転がった。板が砕ける音が、下の方から聞こえてくる。
「崩れるぞ」
 シャグインとラルファンがすばやく立ち上がり、窓からドラゴンの背に飛び移った。
「早くっ」
 ラルファンが、ドラゴンに乗ることを躊躇しているトラビスをせかす。トラビスは覚悟を決めて飛び乗った。すぐにディートが舞い上がる。
 崩れていく屋敷の中から、頭だけでディートほどの大きさもあるトカゲが大口を開け、ディートに牙を向ける。ディートはさらに高く飛びあがり、大トカゲは、音をたてて口を閉じた。
 ラルファンが、弓で大トカゲの両目を射ぬく。視界を失ったトカゲは、触れるものすべてに、攻撃をしかけた。
 ディートは、トカゲの手のとどかぬ場所に三人を下ろすと、すぐにトカゲと闘いに戻っていった。トカゲの頭に降り立ち、しっかりと鋭い鍵爪でつかむと、翼でバランスを保ちながら、牙と前足で攻撃する。
 トカゲは噛みつこうとしたが、頭の上ではどうにもならない。頭ごと地面に叩きつけようとする。ディートは地面にぶつかる寸前、空中に飛び上がる。
 再び、頭を攻撃しようとディートは降り立つが、トカゲにかわされ、尾をつかむ。尾は簡単に切れ、元気のいい魚のように跳ね回る。まだ建っていた物見やぐらはふっとび、木々はなぎ倒された。
 尾を失ったトカゲは、その隙に自分の出てきた穴倉に戻ろうとする。逃がすまいと、ディートは後ろ足の鋭い爪で、トカゲを頭から、尾の付け根まで切り裂いた。ドラゴンほど堅くない皮はまくれ上がり、青い血が吹き出す。すぐさま、ディートは片側の皮をつかみ飛び上がった。皮が剥がれ、無防備な肉が剥き出しになる。
 トカゲは苦痛に身をよじった。払い飛ばされそうになり、皮から足を離したディートは、炎を吐きだした。肉が焼きあがる香ばしい匂いが、森中に広がる。
 ディートは嬉々として焼きあがったトカゲの上に乗り、その肉を食らいはじめた。
「とうぶん、えさはいらないな」
 シャグインが、ディートのためにえさを探す必要がなくなったと、うれしそうに言った。

 


 それまで晧々と輝いていた三日月が消え去り、夜のベールは剥がれていく。太陽が顔を出し、明るい空が現れる。風が新鮮な空気を運んできた。森を覆っていた霧が、ゆっくりと薄れていく。
「みんな死んでしまった」
 トラビスが、力なくうなだれた。
「人間がこんなところにくるべきじゃないんだ」
 シャグインが叱るように言う。
「身にしみてわかったよ。せめて、きみたちの言う通りにしていれば、兵たちを死なせることもなかったのに。わたしだけが生きているなんて」
「あなたまで死んだら、兵たちは無駄死にですよ。あなたを守るために一緒にきたんですから。違いますか?」
「おれなんか、だれも生き残らないと思ってたからな。無駄骨にならなくてよかったよ」
 あまりなぐさめにならない言葉を、シャグインがかける。
「そうだ。きみたちには、命を助けてもらった礼をしなくてはならないな。城にきてくれれば、いくらか褒美をとらすよ」
「え? 城って……。あなたはどういった身分の方なんですか?」
 ラルファンが急に疑わしげな目で、トラビスを見る。
「ああ、言ってなかったな。わたしはランドルの新しい領主なんだ」
「へぇ、あんた、よそ者なのか。どおりでみたことないやつだと思ったよ。魔法にうといのもそのせいだ」
 シャグインが恐れ入ることもなく納得し、ラルファンが天を仰いだ。
「なんだい? 領主だと知っていたら、助けなかったとでも言いたそうな顔をしているな」
 トラビスが、ラルファンに向かって言う。
「そうじゃありませんよ。魔法をなにも知らない人物をランドルによこす王は、いったいなにを考えているんだろうと思ったんです。あなたがこの地で苦労すること請け合いですから」
「だから、ここに赴任したんだよ。苦労させられるために」
 今回のことに、すっかり意気消沈したトラビスが小さく呟く。
「なんですって?」
「なんでもない。とにかく礼をさせてくれないか」
「そんなのいらないね。礼がほしくてやったんじゃない」
 シャグインが即座に言い、それからすぐに撤回した。
「やっぱ、礼をしてもらおうか。ラルファンのこと、よろしく頼むよ。人間なのに<エフィール>に囲まれて暮らしてるっても、なんかかわいそうだからさ。あんた、話し相手ぐらいになってやれよ」
「シャグイン、そういうことは恩にきせて頼むことじゃないだろ」
 ラルファンが困った顔をして、シャグインをこづく。
「それはいい案だ」
 トラビスは目を輝かせて言った。
「どうしてです? <エフィール>に育てられたぼくを、なんとも思わないんですか?」
「なんとも。他に誰もいないから言うが、正直な話、わたしは子供の頃、勉強をかなりさぼったもので、<エフィール>のことは、なにも知らないんだよ。シャグインに会うまでは、おとぎ話の中だけの生き物だと思ってたぐらいだ。それにこの地に詳しいきみからいろいろ教われれば、わたしの苦労が減るじゃないか。わたしにとっても悪い話じゃない」
「無知ってのもいいもんだな。それで、最初に会ったとき、あんただけ、おれたちを信用するなんて言ったんだ」
 シャグインが変なことで感心する。
「ラルファン、こいつにいろいろ教えてやれよ。変な先入観がないぶん、やりやすいぜ」
 ラルファンは、真っ向からトラビスを見た。
「あなたがいやでなければ、かまいませんけど」
「決まった。ぜひともわが城にきてくれ。きみがどうして<エフィール>に育てられたのか、いきさつも聞きたいしね」
 トラビスが歩き出そうとすると、ラルファンがディートを指差した。
「ディートに乗りましょう。村人を怖がらせてしまうので、森の外までしかいけませんけど」
 トラビスはややひるんだようすで、ドラゴンを見上げた。ディートはトカゲをたらふく食べ、眠そうな顔をしている。
「ディートは、むやみに人を襲ったりしませんよ」
 ラルファンに怖がっていることを見抜かれてしまい、トラビスは慌てて弁解する。
「いや、大きいなと思っていただけさ。森の外には馬を待たせてあるんだ。後の道のりは、それに乗ればいい」
 臆病者に思われてしまったかもしれないと、わざとラルファンより先にディートに近づく。シャグインはすでにディートに乗って待っていた。
 不意に、ラルファンがトラビスの名を呼んだ。
「なんだい?」
「<エフィール>の住む魔法の世界ランドルへようこそ」
 振り向くと、<エフィール>に育てられた彼が、トラビスに向かって宮廷風の優雅な一礼をする。トラビスは驚いて軽く笑った。
 ラルファンが宮廷の礼を知っているとは。
 トラビスは、辺境だと疎まれているランドルも、捨てたものじゃないと微笑んだ。





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