闇の幻影・エピローグ

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闇の幻影


エピローグ

「これで借りはなしだっ」
 ものすごい怒鳴り声に、意識がはっきりとする。堅い石の上で、跳び起きる。右側に、王座に座っている大きな石像があった。椅子も石でできている。
 ここは石だけでできた神殿らしかった。柔らかそうなものはなにひとつない。
「なにを言う。百年もかかっておいて」
 左側からの声に、振り向く。はっと息をのむ。銀髪の青年が立っている。
「当たり前だ。石像に命を与えろなどと無理難題を言いおって」
 石像が応じる。
「おまえだって、生きているじゃないか」
「それとこれとは違う。石のままならまだしも、血肉を与えろなどと言いおって、できただけでもありがたいと思え。三百年もわしの寿命が縮まったわい。二度とこんなまねはできんからな」
「それが助けてもらった恩人に言う言葉か」
「ふん。戦いもせんで逃げだしたくせして」
「助けられる奴が、助ける奴の足を引っ張ってどうする。それに借りは高くつくと言ったぞ」
「そんなことだから、魔族などと言われるんだ」
「余計なお世話だ。連れていくぞ」
 青年に手を引かれて、少年はついていく。
「二度とくるなっ」
 罵声が後を追う。青年が声をたてて笑う。
 外に出ると、光がまぶしかった。風が草の匂いを運ぶ。
「ユシアッ」
 ターバンを巻いた女性が駆けてきた。
「やっと生まれ変わったのね」
 ユシアと呼ばれて、少年は首をかしげる。
「あたしのこと覚えてないの」
「覚えてるわけがないだろう。この子は、今、生まれ変わったところなんだぞ」
 青年がかわりに答える。
「でもさ、約束したんだから、ちょっとぐらい覚えててもいいと思うけどな」
 不服そうな女性をほうっておいて、青年が少年にあわせてかがみこむ。
「君の名前は、ユシアだ」
 やさしくそっと言う。少年が、たどたどしく、ユシアとまねる。
「おれは、アシュア」
「アシュア」
「そう。それで、この百歳をすぎたこうるさい女がマイラだ」
 ユシアがまねる前に、マイラが怒鳴った。
「なんて、紹介の仕方するのよ。それなら、アシュアなんてもっと上じゃないの」
 それからユシアの目線に合わせて、顔をさげる。
「あたしは、マイラ」
 少年がマイラとまねると、彼女はとても喜んだ。
「そうそう、いい子ね」
「おまえよりよっぽどね」
 青年が茶々をいれる。
「なによっ。アシュアのほうがよっぽど悪いわよ」
 それを無視して、アシュアは、ユシアに話しかける。
「約束通り、一緒に暮らそうな」
「そして、後悔するんだわ」
「おまえね」
 アシュアがマイラに言い返そうとする。そのとき、小さな手が彼の手を引いた。
「後悔しない。ずっと一緒にいるよ」
 あどけない顔がにっこりとほほ笑む。アシュアの腰に下げた剣が、うれしげに鈴のような音を立てる。
「アルドーラも言っているぞ。後悔なんかさせない」
 アシュアは少年を抱きあげ、水晶のように蒼白く繊細な城へ連れて行った。




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