ラグナレク・1−5

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ラグナレク


第一章 滅ぼす者・5



 下では、すでにアルヴィースを助けたシグルズとフィアラルが船に乗って待っていた。
「探しに行こうかと考えていたところだ」
 シグルズが言い、助け出されたアルヴィースが満面の笑みを浮かべて、ギースルの腕に飛び込んでくる。
「こちらも探しに行くべきかと考えていたよ。急ごう」
 ギースルがアルヴィースを抱きしめたまま、船に乗る。
「アルスィオーヴはどうした?」
 シグルズの問いに、ギースルはアルスィオーヴが一緒にこなかったことに気づいた。
「どうせ、宝を探しているのでしょう。あんな奴、放っておいて行きましょう」
 フィアラルが冷たく言う。
「しかし、少しは役にたったからな」
 ギースルは嘆息し、アルヴィースにおとなしくしているように言うと、崩れていく城へと戻った。シグルズもついていく。

 


 ギースルたちが考えたとおり、アルスィオーヴは短剣で黄金の王座を削りとる作業に夢中になるあまり、逃げることをすっかり忘れていた。これだけの黄金を全部持って帰ることができれば、一生遊んで暮らせる。
 一匹のねずみが玉座を登ってきて、アルスィオーヴに噛みついた。彼は悪態をついて短剣で突き刺した。ねずみは、たちまち司祭になる。
「わぁ」
 短剣を背中に刺したまま司祭が立ち上がり、アルスィオーヴは仰天した。
「なんでまた、おれのところにくるんだよ」
「それはわたしの黄金だ」
 司祭はアルスィオーヴに飛びかかった。身軽なアルスィオーヴは、ひょいとかわして司祭の背中から短剣を取り戻すと、後ろから首を切りつけた。
「死ぬ奴にはいらないだろ」
 アルスィオーヴは言ったが、司祭は死んではくれなかった。落ちそうな頭を片手で支え、アルスィオーヴをにらみつける。
 城が大きく傾き、アルスィオーヴは床に転がった。さすがに、欲に眩んだアルスィオーヴの頭にも、早く逃げなければ城ごと海に落ちてしまうという考えが浮かぶ。
 司祭がアルスィオーヴにのしかかり、彼の首を締め上げた。
「せめておまえだけでも、道連れにしてやる」
「冗談じゃねぇ」
 アルスィオーヴは、短剣で司祭を滅多刺しにしたが、その必死の行為もむなしく力は緩まない。
 苦しさに目が眩みだしたとき、司祭が離れていった。咳込みながら起きあがると、シグルズとギースルが両脇から司祭をつかみ、外へ連れ出すところだった。
「さすが、英雄」
 アルスィオーヴが手を叩いて歓声をあげると、ギースルが「馬鹿者」と返した。
「もうすぐ島が沈む。おまえたちも道連れだ」
 司祭は光を浴びながら、憎悪をこめて叫んだ。風がたてる甲高い音のような声をあげ、黒い炭と化していく。
「さて戻ろう」
 城の崩壊は激しくなる一方だった。ギースルが手についた炭を払いながら言ったとき、階段のある部屋の天井が崩れた。
「しまった。戻れないっ」
と叫んだのは、アルスィオーヴだった。
「おまえのせいでこうなったんだろう」
 ギースルは言い、彼を見つめてにやりとした。
「なんだよ」
 アルスィオーヴがいやな予感に後ずさる。ギースルはさっと彼を捕まえると、露台から海へと突き落した。アルスィオーヴが悲鳴をあげながら落ちていく。
「なんてことを」
 シグルズが身を乗り出して、下を見る。アルスィオーヴは元気そうに海に浮かんで、なにやら叫んでいた。それが悪態であることは聞き取れなくてもわかった。
 ギースルは敷居の上に立つと、振り向いてシグルズに言った。
「ここから飛び降りるしかない。幸い、アルスィオーヴは生きているようだ。我々が死ぬこともないだろう」
 ギースルは思い切りよく海に飛び込んだ。シグルズはもう一度下を覗くと嘆息し、後に続いた。

 


「馬鹿野郎、残忍、人殺し」
 島から離れていく小船の中で、アルスィオーヴが言葉の限り悪態をついていた。
「城から突き落としやがって」
 それから身震いし、くしゃみをする。
「寒いの?」
 アルヴィースが、アルスィオーヴの前に火の玉を作り出した。
「兄貴と違ってやさしいなぁ」
 アルスィオーヴは、その火の玉に手をかざして暖まった。
「もっと強くすれば、早く乾くんじゃないか」
 ギースルが意地悪い笑みを浮かべて言い、アルヴィースは素直にその通りにした。
「あちっ」
 火勢があがり、アルスィオーヴの顔や手をあぶる。やけどをした彼は慌てて海に飛び込んだ。ギースルがくつくつと笑う。
「ごめんなさい」
 アルヴィースが船から身を乗り出して、謝る。それから、海藻を頭にのせたアルスィオーヴを見て吹き出した。
「おまえまで笑うな」
「だって、海のお化けみたいなんだもん」
「おまえは、女の子みたいだよ。おじょうちゃん」
 それを聞いたアルヴィースは、膨れっ面をした。アルスィオーヴが上ろうと船に手をかけたとき、小さな炎が彼の手をちりと焼く。思わず船から手が離れ、またしても、アルスィオーヴは海に落ちた。

 


「さぁ、戻ろう」
 ギースルは海に落ちたアルスィオーヴがシグルズとアルヴィースの手を借りて小船に這い上がるのを待ってから、《アルフヘイム》軍がいる岸に小船を向けようと大陸に目をやり、険しい表情になった。陸地にはアルヴィースを助けるためにグラーバクの魔道士と戦った〈光の妖精〉たちの姿はなく、代わりに銀の鎧を着、剣を構えた五人の〈光の妖精〉が立っていた。鎧に刻まれた紋章から、彼らが〈光の妖精〉の王の近衛であることがわかる。
「逃げますか」
 フィアラルがそっとギースルに近づき小声で言う。
「いや、逃げれば王の猜疑心を煽ることになる。おとなしく投降して話を聞いてもらおう」
 ギースルは岸に向かってゆっくりと小船を走らせた。
「聞いてもらえればいいですがね」
 フィアラルは疑わしげに言い、アルスィオーヴが「あんたたち、なんか悪いことしたの?」と聞く。
「お前には関係のないことだ」
 ギースルはアルスィオーヴを乱暴に押しのけると、アルヴィースをシグルズのほうに押しやった。
「アルヴィースをシグムンド王の元に連れて行ってくれ。彼なら命をかけてもアルヴィースを守ってくれるだろう」
「どういうことなのか、説明してくれないか」
 シグルズが言い、ギースルは悲しげな笑みを浮かべた。
「簡単に言えば、〈光の妖精〉の王はアルヴィースを見殺しにするように言ったが、わたしは軍を動かし救出した」
 それを聞いたアルヴィースがギースルの腕をつかむ。
「わたしを助けたせいで、兄上が罰を受けるの?」
「心配するな。おまえはおとなしくシグルズと一緒に行くんだ」
 ギースルはまたアルヴィースをシグルズのほうへ押しやると、シグルズに向かって言った。
「もし彼らがアルヴィースまで捕らえようとしたら、わたしが彼らの相手をしている間に、アルヴィースを連れて逃げてくれ」
「まだよくわからないな。なぜ、〈光の妖精〉の王は、アルヴィースを見殺しにするなどと」
「もう岸につく。詳しい話は、あとでアルヴィースから聞いてくれ。ただこれだけは言っておく。アルヴィースはなにも悪くはない」
「兄上も悪くないって母上が言っていたよ」
 アルヴィースは真摯なまなざしでギースルを見上げて言った。
「だといいな」
 ギースルは手を伸ばしてアルヴィースの頭をなでると、小船を岸につけた。すぐさま、近衛たちが取り囲み剣を向ける。すぐそばに、シグルズが連れてきた魔道士がいた。彼は目で近衛たちと戦うか問うてきたが、シグルズは首を振ってやめさせた。
「おとなしくきてもらおう」
 少しでも抵抗すれば戦うことも辞さない態度で近衛が言う。
「アルヴィースにはかまわないでくれ。この子はなにも悪くない」
 ギースルは剣を投げ捨てて言った。
「一緒にきてもらうのは、おまえだけだ。アルヴィースは《アルフヘイム(光の妖精の世界)》より追放する」
 それを聞いたギースルは死罪よりはずっとましだと安堵し、シグルズにちらと目を向けアルヴィースのことを頼んだ。シグルズは黙ってうなずき、ギースルのそばに駆け寄ろうとしたアルヴィースをつかまえた。
「兄上はなにも悪いことをしていない。わたしを助けたのが悪いなら、わたしを捕まえればいい」
 シグルズが肩をつかんで離さないため、アルヴィースは手足をばたばたさせながら必死になって言ったが、ギースルに「おまえは、黙っていろ」と叱責されてしまった。
「わたしのことはいい。おまえは自分のやるべきことをやるんだ」
 アルヴィースは暴れるのをやめると、口をきつく引き結び目に涙を浮かべて全身を震わせた。
「さぁ、行くぞ、おまえもくるんだ」
 近衛はさりげなくアルヴィースとともにこの地に残ろうとしていたフィアラルに向かって言った。フィアラルが小さく舌打ちをする。
「王は、〈光の妖精〉は全員、《アルフヘイム》へ戻るようにとの仰せだ。逆らうのなら無理やり連れていくぞ」
「逆らったりはしません」
 フィアラルはギースルと同じように剣を投げ捨てると、心残りそうにアルヴィースを見た。アルヴィースは、つと手を伸ばしてフィアラルの腕をつかみ「兄上を守ってあげて」と頼んだ。
「もちろんです。あなたも早く呪いを解いてください」
 フィアラルは笑みを浮かべて言い、近衛に促されるままギースルとともに《アルフヘイム》に帰っていった。
 途方にくれたようすで去って行く二人を見ていたアルヴィースは、彼らの姿が見えなくなると大粒の涙をポロポロとこぼし始めた。
「兄上はなにも悪くないのに。悪いのはわたしなんだ」
 見えなくなった近衛たちにむかって、大声で言う。
「なにがなにやらさっぱりなんだけどさ、おじょうちゃんは、なにか知ってんの?」
 アルスィオーヴがアルヴィースの目の高さまで屈みこんで聞いた。
「わたしは呪われた子なんだ。いつかわたしは《アルフヘイム》を滅ぼしてしまうから、そうなる前に死んだほうがいいってみんな言ってる」
「呪いなら必ず解く方法があるはずだ。それを探さずになぜ、そんなひどいことを」
 背の高いシグルズは直に地面に座って下からアルヴィースの顔を覗きこんだ。
「呪いを解く方法はあるよ。呪いをかけた相手を殺せばいいんだ。でも、相手は強いからわたしには無理だって」
 アルヴィースはしゅんとして言った。
「そりゃ、おじょうちゃんはまだ子どもだから無理だろうよ。で、その相手ってだれなんだよ」
「〈闇の妖精〉の王」
 アルスィオーヴはげげっと叫び、シグルズは渋い顔で「それは簡単に倒せる相手ではないな」と言った。それまで黙って話を聞いていた魔道士も顔色を変え、うろたえながら言う。
「ともかく、ファグラヴェール王国に帰りましょう。シグムンド王やゲンドゥル様に相談しなければなりません」





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