ラグナレク
第一章 滅ぼす者・6 シグムンド王に報告するため、魔道士は一足先に瞬間移動でファグラヴェール王国に戻った。アルヴィースたちはシグルズが「もう二度と瞬間移動はしたくない」と強固に言い張ったため、馬でファグラヴェール王国に帰ることになっている。 魔道士は執務室で、アルヴィースが無事救出されたことを王に報告してから、人払いを願った。シグムンド王が王の相談役であるゲンドゥル以外の者を立ち去らせると、魔道士は声をひそめ、ギースルが《アルフヘイム》に連行されたこと、アルヴィースは呪われているために《アルフヘイム》より追放されたことを話す。 「アルヴィースが呪われているだと」 シグムンド王は眉間に皺をよせた。魔道師のゲンドゥルも〈光の妖精〉の王さえも手に負えぬ呪いとはと険しい顔をする。 「いかがいたしますか」 ゲンドゥルは〈闇の妖精〉の王の呪いを魔道で解く事ができるだろうかと思案しながら、シグムンド王に尋ねた。 「大の男が瞬間移動をいやなどと言っておらんで、すぐに戻って来いと伝えろ」 シグムンド王は魔道士に向かって言い、ゲンドゥルは慌てて「陛下、呪いの件はどうなさるのですか」と聞きなおした。 「呪いは魔道師のおまえが考えることだ。アルヴィースをおまえに預けるから、呪いを解く方法を考えろ」 当然のことのようにシグムンド王に言われ、ゲンドゥルは難題を簡単に押しつけてくださると苦笑した。 「もちろん、全力をつくして呪いを解く方法を見つけます。ですが、王子をこの城にひきとるのですか? 他の者があまりよい顔をするとは思えないのですが」 「なにをとぼけたことを言っておる。わしはおまえに預けると言ったぞ。魔道の塔にアルヴィースの部屋を用意しろ。おまえがあの子の家庭教師となり、護衛となるのだ。〈滅ぼす者〉などと言われても常に魔道師がついていれば、口うるさい者どもとて、文句は言わんだろう」 「なるほど、わかりました。ではそのようにいたします」 ゲンドゥルは納得して、魔道士たちの住処であり研究所でもある魔道の塔にアルヴィースを迎える部屋を用意するべく執務室を出ていった。
シグムンド王の命令でやむなく瞬間移動することになったアルヴィースたちは、王の住むグリトニル城の左手に聳え立つ魔道の塔の前に現れ、シグムンド王にゲンドゥル、そして、先に帰っていた魔道士に出迎えられた。シグルズが絶対に瞬間移動のする場にだれも連れてくるなと言ったため、その他に人はいなかった。シグルズは現れるなりぶざまに倒れ、そうなると予想していた魔道士がすぐに介抱する。アルヴィースとアルスィオーヴは少しも気分が悪くならず、平然と辺りを見回した。目の前に黒くずんぐりとした塔があり、左隣には大きな城があった。そしてその向こうには、尖塔が見えた。 黒い塔の前には、白髪混じりの髭を生やし盛りあがった筋肉が服の上からでもわかる大柄な男と、小柄で黒マントを着た人のよさそうな白髪の老人が立っていた。 「おおっ、そなたがアルヴィースか。レギンレイブによく似ておる」 シグムンド王はアルヴィースを見るなり、両手を広げてアルヴィースに駆けより力強く抱きしめた。アルヴィースはいきなり大柄な男に抱きしめられ、困った顔をしてシグルズを見たが、瞬間移動に耐えきれなかった彼は意識朦朧となっていた。 「どうした、父に会えてうれしくないのか」 シグムンド王は身を離し、アルヴィースの顔を見た。ようやく父の顔をじっくり見ることができたアルヴィースは、探るように自分と同じ淡い青色の目をじっくりと見つめた後、みごとにはやされた髭や白髪混じりの頭に手を触れた。 「もじゃもじゃだ。熊みたい」 アルヴィースはおもしろそうに言い、シグムンド王は「髭が気に入ったか」とアルヴィースの手を取って自分の頬に押し付けた。 「父上は強い?」 今度はシグムンド王の分厚い胸板に目をやり、手で叩く。 「おう、強いとも。シグルズなどよりずっと強いぞ。どれ、部屋まで連れていってやろう」 シグムンド王は力のあることを示そうとアルヴィースを抱き上げ、魔道の塔に入っていった。ゲンドゥルが急いで部屋へ案内しにいく。シグルズも魔道士が呼んだ二人の小姓によって、担架に乗せられて城へ運ばれていき、一人残されたアルスィオーヴは仏頂面になった。 「おれはすっかり忘れさられてるな。礼のひとつもなしだ」 それを聞いた魔道士は、アルスィオーヴの世話をすっかり忘れていたことに気づいた。 「申し訳ございません。今、城へご案内いたします。ゆっくりくつろがれた後、大広間で王よりお礼の言葉が述べられ、褒美を与えられるでしょう」 魔道士はすぐに侍女を呼び、アルスィオーヴを客室に案内するように言った。褒美と聞いたアルスィオーヴは途端に上機嫌となり、「王様に、おれは土地や家来なんかより、お宝をもらうのがなにより好きだって言っておいてくれよ」と言うと、侍女の後に元気についていった。
魔道の塔の中に入るとアルヴィースは魔力をとても強く感じたが、妖精が発散する魔力とは違っていた。魔道士を束ねる魔道師のゲンドゥルがここには多くの魔道士が住んでいるとアルヴィースに説明する。アルヴィースは螺旋階段を登るシグムンド王に運ばれながら、塔の中心にある吹き抜けを見上げた。天窓がずっと上方にあり光が入ってきていたが、長い螺旋階段を照らすには光が足らず、踊り場には必ず松明が灯されていた。どの階にも魔道士の部屋が複数あり、魔道士の部屋の隣には決まってその魔道士について勉強している魔道士見習いの部屋があった。そのほかの部屋は研究室や図書室に使われ、どの部屋もしっかりと戸が閉ざされている。 螺旋階段をすべて登りきったところにアルヴィースの部屋はあった。同じ階にゲンドゥルの部屋とアルヴィースの世話をすることになっている魔道士見習いのフラールの小さな部屋もあり、ゲンドゥルは用があるときはベルを鳴らして呼んでくださいと言うと、シグムンド王とアルヴィースが親子水入らずで話せるように自室に下がった。 シグムンド王はアルヴィースを長椅子の上に下ろすと自分もその隣に座り、さっそく《アルフヘイム》での暮らしを聞いた。 「《アルフヘイム》のはずれにある小屋に、母上と兄上と住んでいました。わたしは呪われていますが、母上はとてもやさしくしてくれたし、ギースルもよく遊んでくれたので、そんなにつらくなかったです。でも、兄上が〈光の妖精〉の王に呼ばれて宮殿に行っていたとき、竜が現れました。わたしの力ではどうすることもできなかった」 アルヴィースは竜にさらわれたときのことを思いだし、うつむいた。 「ずいぶんつらい目にあったな。母を亡くしてつらかろう」 シグムンド王はアルヴィースの頭をなでながら言い、顔をあげたアルヴィースは目を丸くした。 「竜に殺された?」 アルヴィースの目にみるみる涙が盛りあがっていく。 「なんだ、おまえ、母が死んだことを知らなかったのか」 シグムンド王は不用意に言ってしまったと後悔した。 アルヴィースは、身が引き裂かれるような声をあげた。テーブルや椅子、本棚が突然、燃え上がり、部屋は火に包まれる。 「アルヴィース」 驚いたシグムンド王は奇声をあげ続けるアルヴィースを抱きあげ、火事となった部屋からでた。火の玉がいくつも螺旋階段を飛び回り、松明を激しく燃えさせる。 「どうしたのです」 隣の部屋にいたゲンドゥルがやってきて、狂ったように声をあげ続けるアルヴィースに呪文を唱えた。すぐさま悲鳴が止まり、アルヴィースは眠りに落ちた。ゲンドゥルは次に火災が起きた部屋に向かって呪文を唱え、火を消した。 アルヴィースが大声をあげていたにも関わらず、魔道の塔にいる魔道士たちはだれも騒ぎ立てなかった。ゲンドゥル以外に螺旋階段へ出てきた者もなく、アルヴィースの悲鳴が止まると魔道の塔は何事もなかったかのようにしんと静まり返った。きな臭い煙が吹き抜けに充満していたが、じきに天窓から出ていった。 「この子は今まで母の死を知らなかったらしい。うかつに話したら、このざまだ。魔道の塔で暮らさせるようにして正解だったな。これが城だったら、大騒ぎだ」 シグムンド王は、焼け焦げた部屋を見て言った。 「アルヴィース様は、かなり動揺されたのでしょう。妖精が我を忘れるほど感情的になったときにこのようなことが起きますが、滅多にあることではありません。母親の死ほどつらいことはあまりないでしょうから、そう心配する必要はないと思います」 ゲンドゥルが落ちついた声音で言う。 「わしが不注意だったか」 シグムンド王は、まだ涙の乾かぬアルヴィースの顔を見てすまなげに言った。
翌日、アルヴィースを歓迎する盛大な宴が行われた。正妃の子ではないため国をあげて祝うことはしなかったが、宴には呼べる限りの貴族たちが招かれ楽士や道化が呼ばれた。広間を占領するほど大きな楕円形の食卓には料理人が腕をふるった豪華な料理やたくさんの酒が用意される。 シグムンド王はアルヴィースを連れて大広間に現れると、アルヴィースが自分の息子であると断言し、残念なことに彼は〈闇の妖精〉の王に呪いをかけられてしまったが魔道師が必ず解くであろうと、自信をもって宣言した。呪いと聞き、広間に集まった者たち全員は顔色を変えたが、王が堂々とした態度で呪いを解いてみせると言いきったため、すぐに笑みを取り戻しアルヴィースを暖かく迎えた。 アルスィオーヴは貴族たちがアルヴィースに自己紹介をするようすを見ながら、王はまた自分に褒美をあたえることを忘れてしまったのかと不安な気持ちになっていると、シグムンド王に名を呼ばれた。アルスィオーヴはやっと出番だと身を正し、王の前に出ると礼儀正しく礼をした。 王はアルスィオーヴがアルヴィースを救出したことを一同に話し、彼を宮廷楽士にすると言った。アルスィオーヴはなんだ階級だけかよとがっくりしていると、小姓が布に包まれた物を捧げもってくる。 王は身振りで手にとれと言い、アルスィオーヴはなんだろうと、小姓から受取り布をとった。 「おおっ、すげぇ。黄金の盃だ」 中から儀式に使われる純金でできた盃が現れ、アルスィオーヴは宝石がおしげもなく使われた盃を手にして狂喜した。細部にいたるまで手を抜くことなく刻まれた彫刻は、間違いなく数々の名品を生み出した黒小人の手によるものだ。 「ありがとうございます」 黄金に目のないアルスィオーヴは、大感激して王に礼を言う。 「気に入ったようだな」 シグムンド王は、アルスィオーヴをさがらせると食卓についた。アルヴィースは王の隣の席につき、盃を見てはにやついているアルスィオーヴがアルヴィースの隣に座った。よその女が生んだ子を歓迎する場とあって機嫌がすこぶる悪いボルグヒルド王妃はアルヴィースと反対側の王の隣に座り、彼女の隣にはシグルズの席があったが、彼は体調が悪いと欠席していた。瞬間移動をして帰ってきたのは昨日だが、いまだに気分がすぐれないらしい。 食事の間、楽士が楽しげな音楽を奏で、道化が気の利いたことを言ったり芸を見せて人々を笑わせたが、アルヴィースは《アルフヘイム》にいる妖精たちのほうがもっとすてきでおもしろいと思った。一番喜ばせなくてはならないアルヴィースがくすりともしないので、道化者は焦り懸命になって笑わせようとしたが、道化者が必死になればなるほどアルヴィースの目には道化者が哀れに映るだけだった。 「妖精はそれじゃ笑わないよ」 アルスィオーヴが同情するように道化者の肩を叩いて芸をやめさせると、《アルフヘイム》では、どのように道化が王族を笑わせるか話しだした。 彼の話をきくうちにアルヴィースの目が輝き、生き生きとしだした。《アルフヘイム》の王子であるにもかかわらず、呪われているからと王宮に入ることを禁じられていたアルヴィースは、熱心にアルスィオーヴの話を聞き、たくさんの質問をした。アルスィオーヴはよどみなく答え、一度だけ《アルフヘイム》に行ったことがあるシグムンド王もそのときのことを思い起こして話に加わった。〈光の妖精〉がファグラヴェール王国に訪れることはあったが、《アルフヘイム(光の妖精の世界)》へ行ったことがある人間はほとんどいない。アルヴィースだけでなく、同席した人々もアルスィオーヴの話に熱心に聞きいったが、ボルグヒルド王妃だけは話題に加わらず、正妃の子ではないアルヴィースをとげとげしい視線でにらみつけていた。 「まったく、せっかくの場だというのに、顔も見せんとは」 話がとぎれたとき、シグルズの空いた席をちらりと見てシグムンド王が呟いた。だれもが暖かくアルヴィースを迎えることが気にいらないボルグヒルド王妃は、宴をだいなしする絶好の機会と獲物を襲う鷹のようにすばやくシグムンドの言葉に飛びついた。 「具合が悪くなったのは、〈滅ぼす者〉を助けたせいではありませんか。なぜ、あなたは呪われた者をかばって、シグルズを疎むのです」 ボルグヒルド王妃はアルヴィースをシグルズが助ける必要などなかったことを強調しようと、わざとアルヴィースを〈滅ぼす者〉ときつい声で言った。 「またも王妃のおまえが、家臣の前で愚かなことを言うか」 ボルグヒルド王妃の狙いどおり機嫌を損ねた王は王妃を叱咤し、招かれた貴族たちは静まり返ってしまった。アルスィオーヴはアルヴィースを小突いて「この国もいろいろあるんだな」とおもしろそうに小声で言い、立ちあがって「この記念すべきアルヴィース様救出の祝いの場で、宮廷楽士として最初の一曲を歌わせてください」と全員に向かって言った。家臣たちは重くなった空気を変えるのにちょうどいいと拍手をし、王もせっかくの祝いの場をだいなしにしたくないと了承する。 「では、アルヴィース様がどうやって救出されたか歌物語にしてお聞かせしましょう」 アルスィオーヴは、自分の活躍とシグルズの武勇を強調してグラーバクの神殿に忍びこむところから歌いだした。 せっかくだいなしになりかけた場を盛り上げられてしまい、ボルグヒルドはむっつりとなったが、シグルズが活躍するところにくると、つい歌に引きこまれて聞きいってしまった。歌い終わるころには自分の息子が誇らしくなり、貴族たちもシグルズに対する賞賛を惜しまなかったため、はからずも口元に笑みを浮かべてしまった。 シグムンド王はそのようすを見て、壁際に控えていたゲンドゥルを身振りでそばに呼び、「アルスィオーヴは盗み癖が悪くて《アルフヘイム》を追放されたと聞いたが、道化としてはなかなか役に立ちそうだな。王妃の話し相手をさせるとよさそうだ」とほっとしたようすで耳打ちした。
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