ラグナレク・1−10

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ラグナレク


第一章 滅ぼす者・10



「まぁ、なんてことでしょう」
 ギースルが心配したとおり、レギンレイブはシグムンド王の姿を見るなり、「一緒にいたのに、こんな怪我をさせるなんて」とギースルを叱り、ギースルは「ほらみろ、わたしが叱られたじゃないか」とシグムンド王に向かって怒った。
 レギンレイブはギースルに外へ行って薬草を取ってくるように言うと、シグムンド王の手当てを始めた。シグムンド王は「たいしたことはない」と言ったが、肋骨が数本と左足が折れ、右肩は脱臼していた。
「なんてひどい怪我なんでしょう」
 レギンレイブは傷を洗いながら、ギースルが薬草を持ってくるのを待った。シグムンド王はやっと二人きりになれたと動けるほうの手でレギンレイブの手をにぎりしめ、彼女の美しさをたたえ、いかに愛しているかを語ったが、血を見て動揺しているレギンレイブは「こんなときになにを言っているんですか」と怒っただけだった。
 しばらくは安静にするように言われたシグムンド王は、それから毎日、ギースルがいないときを狙って、レギンレイブに熱い思いを語った。そのたびに、「そんなことを言って、ギースルに知れたら、殺されますわよ」と軽く聞き流されてしまったが、シグムンド王はあきらめることなくレギンレイブを口説いた。
 だが、シグムンド王の努力もむなしく、レギンレイブの心を射止める前にシグムンド王の怪我は治ってしまった。シグムンド王はギースルに「明日になったら、妖精の馬を呼んでくれ」と懲りずに言い、レギンレイブを驚かせた。
「だめです」
 レギンレイブはきっぱりと言った。
「止めても無駄だ。わしはなにがあろうと、妖精の馬に乗ってみせる」
「大怪我をしても、まだ懲りないのか。ぜったいに無理だ」
 ギースルは言い切ったがシグムンド王の意思は固く、ギースルが妖精の馬を呼ばないのなら、自分で探しだして乗ってやるとまで言った。あまりの粘り強さにギースルは「わかった」と根負けして承知する。

 


 次の日、またも大怪我をしてシグムンド王は小屋に帰ってきた。それでもまだ妖精の馬に乗ってやると言い続け、ギースルはあきれ、レギンレイブは理解できないと困惑顔になった。
 シグムンド王は、レギンレイブを自分のものにすることも決してあきらめなかった。少しでもギースルがいないときがあれば、必ずレギンレイブに愛を囁いた。初めは聞く耳を持たなかったレギンレイブも沈痛な表情でシグムンド王の言葉を聞くようになった。シグムンド王はレギンレイブがギースルに言いつけるのではと不安になったが、レギンレイブはギースルにはなにも言わなかった。
 そうしているうちにシグムンド王の怪我は癒え、またしても妖精の馬に蹴られて怪我をして帰ってきた。
「あなたは、本当にあきらめることを知らないのですね」
 レギンレイブは怪我の手当てをしながら、シグムンド王に言った。
「これほど美しいあなたをあきらめることができようか」
 シグムンド王はギースルが水を汲みに外へ行ってしまった機会をとらえ、レギンレイブに言った。
「わたしは、妖精の馬のことを言ったのです」
 レギンレイブは悲しげに微笑んで言った。
「わたしは呪われているのです。わたしを愛したら、ひどい目にあいますわよ」
「呪いがなんだと言うのだ。そんなもの解いてしまえばいい。我が国には魔道があり、有能な魔道士たちがいる。彼らに任せればすぐに解けるだろう」
 シグムンド王は自信を持って言ったが、レギンレイブは首を横に振った。
「シグムンド、ときには、あきらめることも必要なのです。妖精の馬だってそう。あきらめなければ、あなたは、いつか死んでしまいますわ」
「ならば、わしが妖精の馬に乗れば、あなたはわしの妻になるか」
 シグムンド王はまっすぐレギンレイブの目を見て聞き、レギンレイブは目をそらした。
「そんなことできるわけが」
「できたら、どうすると聞いているのだ」
「もし約束したら、あなたは死ぬまで妖精の馬に乗ろうとするでしょう。そんな約束はできません」
 レギンレイブの目から涙が一筋流れた。
「わしの身を案じて泣かれるのか」
 レギンレイブはうなずいた。
「お慕いもうしております。だからこそ、死んでほしくないのです」
「わしを信じてくれ。わしは必ずやり遂げる男だ」
「でも」
「シグムンドがいやでないのなら、約束してあげたらどうです。母上の約束がなくとも、どうせ、妖精の馬に挑戦し続けるんですから」
 ギースルの声がし、二人は驚いた。彼はいつからいたのか、シグムンド王の足元に座っていた。
「まぁ、いつからいたの」
 レギンレイブは慌てて涙をふいて言った。
「さっきからずっといましたよ。声をかけたのに、二人とも話に夢中になってわたしに気づかなかったのです」
「反対せんのか」
 ギースルが知れば絶対に邪魔をしてくると思っていたシグムンド王は、意外に思って聞いた。
「産まれてくる子を守れる男ならば、反対はしない」
「守れるに決まっている」
「口先だけならなんとでも言える。あなたは、まだ妖精の馬に乗ることさえできないではないか」
「乗ってみせる」
「お願い、死ぬことになる前にあきらめて」
 レギンレイブが心配して言った。
「レギンレイブ、どうやったらわしを信じるのだ」
 シグムンドは困惑して言ったが、「こんな怪我をして帰ってくるようでは信じられません」とレギンレイブが答える。
「それもそうだな」
 ギースルは笑って言い、怒ったシグムンドは絶対に妖精の馬に乗ってやると宣言した。

 


「まだやるのか」
 妖精の馬はシグムンド王を見て、うんざりして言った。
「あきらめないのだから、しかたあるまい」
 ギースルが答える。
「それはおまえが、いつも殺す前に止めるからだ。こやつが死ねば、一度ですむものを」
「この者は、《アルフヘイム》と交流があるファグラヴェール王国の王だ。死ぬようなことがあれば、わたしが責任をとらされる」
「王だからと特別扱いはするな」
 シグムンド王は怒って言った。
「あなたが死んだら、あなたの国はどうなる」
 シグムンド王は、すっかり忘れていたファグラヴェール王国のことを思いだした。魔道士たちは魔道を使って、王の捜索をしているのだろうか。家臣たちは王がいない国をどうやって治めているのだろう。民は王が死んだものと思っているのだろうか。シグムンド王は頭を振って、ファグラヴェール王国への思いを断ち切った。
「わしにはシグルズという息子がいる。まだ成人しておらんが、よい王になるだろう」
「国を捨てる気か」
「わしは百年以上ファグラヴェール王国を治めた。そろそろ息子にゆずってもいい頃かもしれん」
「では、死んでもいいのだな」
 妖精の馬が言った。
「それはだめだ。〈光の妖精〉の王にシグムンド王が馬に蹴り殺されましたなどと報告できるわけがない」
「ギースル、わしは死ぬなどと言っておらん。王だからと特別扱いをするなと言っているのだ」
 シグムンド王は言い、妖精の馬に向かって身構えた。
「殺せるものならやってみろ。わしは絶対に乗りこなしてやる」
 妖精の馬は後ろ立ちになりいななくと、シグムンド王にむかって突進した。





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