ラグナレク・1−11

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ラグナレク


第一章 滅ぼす者・11



「あきらめの悪い男だな」
 妖精の馬は、地面に大の字になって伸びてしまったシグムンド王を見下ろして言った。ギースルは死んでしまったのかと慌てて確かめたが、まだ息はしていた。
「だが、頭は悪い。馬の名を呼んで命じなけば、どんなに力づくで乗ろうとしても無駄だというのに、いつまでたってもそれに気づかないのだからな」
 ギースルは大男のシグムンド王を担いで小屋まで帰らなければならないのかと嘆息したとき、シグムンド王はかっと目を開いた。
「グローイ、わしを乗せろ」
 名を呼ばれた妖精の馬はおとなしくシグムンド王のそばにやってきた。シグムンド王はふらつきながらも馬に乗り、ギースルを見下ろした。
「愚かなのはどっちだ」
 にやりとして言う。
「気を失ったふりをしていたな。だが、馬の名をどうやって知った」
 はからずも答えを教えてしまったギースルは驚いて言った。
「あなたから聞いた。気をつけていたようだが、一度だけ馬の名を呼んだ」
「しくじったな」
 ギースルが顔をしかめる。
「難題をふっかけた妖精は、いつか答えをもらしてしまうものだ。よくある話だ」
 鞍も手綱もない裸馬に乗ったシグムンド王はぎこちない動作で妖精の馬を操った。
「覚えておこう」
 ギースルは自分の失敗を認めたくなさそうに頭を軽く振ると、小屋に向かって歩き出した。シグムンド王は勝利の雄叫びをあげると、小屋へ向かって妖精の馬を走らせた。

 


「レギンレイブッ」
 シグムンド王は、妖精の馬の上からレギンレイブの名を呼んだ。小屋にいたレギンレイブが何事かとでてくる。
「まぁ、シグムンド」
 彼女は妖精の馬に乗ったシグムンド王を見て、感激するとともに当惑した。
「約束通り、妻になってくれるか」
 シグムンド王は馬から下り、レギンレイブの手をとって言った。
「でも、〈光の妖精〉の王がなんと言うか。ギースルにも迷惑がかかります」
 レギンレイブは気がすすまぬようすで答えた。
「あなたは約束を破るつもりか」
「約束などしていません。あなたが勝手にしたものと決めつけたのです」
 レギンレイブから色よい返事がもらえず、シグムンド王は落胆した。
「どうしても妻になってもらえぬのか」
「時間をください。ギースルと相談します」
「あなたは自分の問題を息子に決めてもらうのか」
「ギースルにも関係があることなのです」
 レギンレイブはギースルが帰ってくると、すぐに駆け寄り彼の腕をつかんだ。
「わたしはいったいどうすれば」
 困り果てたようすで、ギースルに言う。
「母上がいやならば、わたしが彼を追い払います。そうでないのなら、母上のお好きなようにしてください」
 ギースルはやさしく言った。
「でも、わたしがだれかの妻になったと知れたら、〈光の妖精〉の王はお怒りになるでしょう。あなたにも迷惑がかかるわ」
「この辺りには、宮殿に出入りする者はきませんから、〈光の妖精〉の王の耳には入りませんよ」
 ギースルは心配するレギンレイブに言ってから、シグムンド王の方へ向いた。
「あなたは、生まれた子がどんな運命を持っていようと守れるか」
 ギースルに聞かれ、シグムンド王は迷いもなく「守れる」と答えた。
「あなたのその自信がどこから出てくるのかわからない」
 ギースルは苦笑して頭を振った。
「しかし、わたしがしくじったからとはいえ、今、言ったことを実現するのを見たばかりだ。あなたの言葉を信じよう。なにがあろうと子は守ってくれ」
 ギースルは手を差し出し、シグムンド王はしっかと握りしめた。

 


 レギンレイブがシグムンド王の妻として暮らすようになると、ギースルは木の上に小さな小屋を造って、そこで寝泊りするようになった。外出も多くなり、数日帰らぬことも多くなった。そのうち、彼は気ままな旅をするようになり、レギンレイブは今まではこんなことなかったのにと不満そうだった。
「ギースルは、わたしのことなんか、もうどうでもよくなったみたい」
 久々にギースルが顔を見せにきたかと思えばすぐにどこかへ行ってしまい、レギンレイブは少女のようにすねてシグムンド王に言った。
「よいではないか、ギースルとて今まで好きなことをせずに堪えていたのだろう。好きにさせてやれ」
 シグムンド王は、ギースルの父親気分になって言った。
「まぁ、わたし、我慢させたことなんてないわ」
 レギンレイブは驚いて言い、考えこんだ。
「あの子は、これまで一度もわたしに旅に出たいなんて言わなかったわ。わたしを困らせるようなことを言ったことがないの。なにも言わずにずっと我慢していたのかしら」
「あなたの心を煩わせまいとしていたのだろう。よい息子だ」
「かわいそうな子よ。とてもかわいそうな運命を背負った子なの」
 レギンレイブは目をうるませた。
「あなたの子はみな、悪い運命を背負うのか」
 シグムンド王は信じたようすもなく言った。
「そうよ。もしあなたの子を産んだら、その子は呪われる運命を持つことになるの。わたしにかけられた呪いよ」
「なぜ、呪われたのか知りたいな。呪いが解けるかもしれない」
「だめよ。話したら、今度は〈光の妖精〉の王に呪いをかけられてしまうわ」
 レギンレイブは悲しげに答えた。

 


 レギンレイブと暮らすようになり、一年のときが過ぎたろうか。客人が現れぬこの小屋に銀色の鎧をきた男たちが現れ、シグムンド王はレギンレイブに小屋から出ないように言うと、剣を手にして出迎えた。ギースルは旅に出ていていなかった。
「あなたがシグムンド王か」
 一際豪華な鎧を着た男が妖精の馬から降りると、彼に聞いた。男は銀髪を短く切っており、氷のように冷たい青い目をしていた。
「そうだが」
「わたしは、《アルフヘイム》第三王子スヴァル。あなたを探していた。よりによってレギンレイブ姫の小屋にいるとはな。ギースルはどうした?」
 スヴァルは、ギースルの姿を探して辺りを見回した。
「あの子は、長い旅に出ています」
 レギンレイブが小屋から出てきて言う。
「シグムンド王が嵐に見舞われたのを、わたしが助けてここに連れてきたのです。ギースルはなにも知りません」
「長い旅とは? 行く先は《スヴァルトアルフヘイム》か」
 スヴァルは冷やかに言った。
「まさか、《アルフヘイム》にいるはずです」
 レギンレイブは驚いて否定したが、スヴァルは疑いを解かなかった。
「はずか。このことは王に報告し、ギースルを捜索したほうがよさそうだな」
「ちょっと旅に出ただけではないか、なぜ、捜索せねばならない」
 シグムンド王が口をはさんだ。
「あなたはすぐにファグラヴェール王国に戻るんだ。〈光の妖精〉の王のもとに、ファグラヴェール王国からの使者がきて、あなたが《アルフヘイム》にいるかもしれぬから、捜索してほしいと頼んできた。ファグラヴェールの者たちは必死であなたを探しているぞ」
 シグムンド王は、家臣たちが余計なことをしてくれると舌打ちをした。
「国中が心配しているのですか」
 レギンレイブが驚いて聞く。
「そうだ。ファグラヴェール王国は一刻も早く王が戻られることを願っている」
 スヴァルが答え、レギンレイブは「そうですか」と悲しげに目をふせる。
「だが、わしには妻がいる。彼女をおいていくわけにはいかない」
「妻だとっ」
 スヴァルの顔色が変わった。
「レギンレイブ姫、自分の運命を知っていて、子を身ごもったのか」
「いいえ、まだです」
 レギンレイブは落ちついた声で答え、スヴァルはほっとしたようだった。
「なら、まだ間に合う。シグムンド王よ、レギンレイブ姫のことは忘れ、我々とともにくるんだ」
「では、レギンレイブ姫を連れていきたい。どのような呪いがかけられていようと、魔道で解けるだろう」
 シグムンド王は言ったが、スヴァルは聞く耳を持たなかった。
「それはだめだ。シグムンド王よ、おとなしく我々とともにきてくれ。いやだと言えば、力づくで連れていく」
 兵士たちが一斉にシグムンド王に剣を向けた。
「何事だ」
 そのとき、妖精の馬グローイに乗ったギースルが帰ってきた。
「胸騒ぎがして帰ってきてみれば、スヴァル王子ではありませんか」
 ギースルは馬からおりて、スヴァルに一礼した。
「今までどこに行っていた」
 スヴァルは、ギースルに詰問した。
「《スヴァルトアルフヘイム》に行ったとでも思ったのですか。リーン川のほうへ行っていただけです。《アルフヘイム》から出ていませんよ」
「なぜ、レギンレイブ姫のそばについていない。おまえは、シグムンド王がここにいることを知っていたのか」
「だから、小屋を離れたのです。彼が母を守るでしょうから」
 ギースルはいずれこのときがくることをわかっていたらしく、冷静に答えた。
「おまえは、レギンレイブ姫が子を宿したらどうなるかわかっていて、そんなまねをしたのか」
「彼なら、呪いが解けるかもしれないと思ったのです」
「それは〈光の妖精〉の王が決めることだ。おまえが判断することじゃない。シグムンド王を見つけた時点で王に報告すべきだった」
「わたしを罰しますか」
「それは〈光の妖精〉の王が決める。一緒にきてもらおう」
「ギースル」
 レギンレイブは不安そうにギースルの腕をつかんだ。
「心配しないでください。すぐに戻ってきます」
「わしはどこにもいかぬぞ」
 シグムンド王は強情に言い張った。
「あなたは、〈光の妖精〉すべてを敵に回すつもりか。ここはおとなしくついて行き、〈光の妖精〉の王と話したほうがいい。王を説得できれば、だれも異議を唱えることはできない」
 ギースルに諭され、シグムンド王は「必ず戻る」とレギンレイブに言うと、〈光の妖精〉の王のもとへ行く事にした。ギースルはシグムンド王に自分の妖精の馬に乗るように言い、別の妖精の馬を呼んだ。シグムンド王がひらりと妖精の馬に乗ると、スヴァルたちは目を見開いた。
「わしに乗れるとは思わなんだか」
 シグムンド王は勝ち誇って言った。





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