ラグナレク・1−12

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ラグナレク


第一章 滅ぼす者・12



「だが、わしは〈光の妖精〉の王を説得することができなかった。王はわしがなにも知らんと言うばかりで、なぜ、レギンレイブに呪いがかけられたのか話そうとせず、レギンレイブをあきらめなければファグラヴェール王国との友好も終わりだと、強引にわしをファグラヴェールに帰してしまった。ギースルはわしのことを〈光の妖精〉の王に知らせなかったと罰せられ、半年の間、地下牢に入れられた。それ以来、レギンレイブには会っておらん。先日、ギースルがファグラヴェールにきたときに知ったが、あのときすでに、おまえを身ごもっていたらしい。レギンレイブはわしを国に帰らせるために黙っていたのだ」
 シグムンド王は話を終えて口を閉じた。アルヴィースはシグムンド王の膝の上でうつむき、足をぶらぶらとさせていた。
「母は父上のことを愛してるって言ってたよ」
 アルヴィースが顔を上げて言う。
「おお、そうじゃとも、わしも愛しているぞ」
 シグムンド王はアルヴィースをきつく抱きしめた。
「では王、だれも呪いの話はしなかったのですな」
 ゲンドゥルが話を吟味しながら言った。
「触れてはならぬことのようだ。なぜ、都から離れた地に住んでいたのかも、あんなに質素な生活をしていたのかも知らない」
 ゲンドゥルは目でアルヴィースにも同じ質問をしたが、アルヴィースも「知らない」と答えた。
「わからぬことだらけですな。ですが、呪いはアルヴィース様が生まれる前にレギンレイブ様にかけられたものであることは確かなようです」
 ゲンドゥルは思案しながら言った。

 


「おいおい、もう三日もたったじゃないか。いい加減、起きてくれよ」
 アルスィオーヴはファグラヴェール王国に戻ってきてから三日も寝こんでいるシグルズの寝室に入ってきて、いきなり言った。
「まだ気分が悪いんだ。なにか用か」
 枕に顔をうずめ、不機嫌に言う。
「王妃が心配してるよ。王は惰弱なって怒ってる」
「だから、瞬間移動はいやだと言ったんだ」
 シグルズはうるさそうに毛布を頭までかぶって言った。
「あんた、本当に瞬間移動が苦手だね。あんなもんなんでもないけどな」
「苦手で悪かったな。ぶざまな姿を嘲笑いにきたのか」
「違うって。ほんとうに王妃が心配してるんだよ。アルヴィースも心配してるし」
「アルヴィースはどうしている?」
 シグルズはギースルからアルヴィースを頼まれたことを思い出して、毛布から顔半分だけだして聞いた。
「魔道の塔で、ゲンドゥルが面倒を見てるよ。ゲンドゥルに言わせりゃ、あいつは魔道の才能がものすごくあるんだってさ。ぜひ、魔道士にしたいって言ってたよ」
「魔法を使える者が魔道士になったりするのか?」
「聞いたことないけど、別にいいんじゃない? んで、どうでも起きない気? 魔道士は、そろそろ起きれるはずだって言ってたぜ」
「それは無理をすればの話だ。なぜ、そこまで起こしたいんだ。もともと一ヶ月は旅に出ている予定だったから、公務が差し支えることはない」
「だから、あんたが顔を見せないから王妃が心配してるんだってば」
「王妃、王妃っておまえは母上のまわし者か」
「まわし者じゃないけど、王から王妃の話し相手になってやれとは言われたよ」
「ふむ、それはいい案だ。これで少しは静かになる」
「あのさ、王と二人して王妃のこと竜より怖い化け物みたいに言うけど、王妃にしてみりゃ、故郷を離れて嫁にきてみりゃ夫は自分よりずっときれいな美人ばっかり妾にして子供、生ませてるし、たった一人の血の繋がったあんたは、ろくろく母親と話をしようともせんで、危険な冒険してばかりときちゃ、虫のいどころも悪くなるってもんだよ」
「そう聞くとかわいそうな人のように聞こえるな」
 シグルズは他人事のように言った。
「聞こえるんじゃなくって、実際そうなんだって」
「だったら、おまえが慰めてやればいいだろう」
「それじゃだめなんだって。八つ当たりされる家臣たちの身にもなってみろよ。それにアルヴィースの立場だって悪くなるだろ」
「なんだ。なにかあったのか」
「今のところ、アルヴィースと王妃が顔を合わせるのは夕食の時しかないから、雰囲気が悪くなるぐらいしかないよ。でも、王はアルヴィースをものすごくかわいがってるから、王妃としては面白くないだろ。そのうちいやがらせとかするんじゃない?」
「それを未然に防ぐために王はおまえを話し相手にしたんだろ。王にそう言われなかったのか?」
「あんた、王妃の息子だろ。子供らしいことしてやれよ。王妃は独りぼっちで寂しいんだって」
「わかったよ」
 シグルズは深いため息をついた。
「起きるから、魔道の塔へ行って頭痛を止める薬をもらってきてくれ」
 用事を言いつけられて、アルスィオーヴはいやそうな顔をした。
「おれは宮廷楽士なんだぞ。そういうことは小姓に頼めよ」
「文句を言うなら、起きんぞ」
「わかったよ」
 アルスィオーヴは大げさにため息をつき、魔道の塔へむかった。

 


「何度見ても、不気味な感じがするんだよなぁ」
 アルスィオーヴは多くの魔道士たちが住んでいるというのにまったく生活の気配がない魔道の塔を見上げてから、魔道士の紋章が刻まれている扉を叩こうとしたが、その前に扉が勝手に開いた。
「なにかご用ですか」
 塔の中は薄暗く、扉の前には魔道士である証の黒いマントをきた男が一人立っていた。
「あの、ご婦人方に、ここは怖いって言われたことない?」
 アルスィオーヴはひきつった顔をして言い、魔道士は苦笑した。
「よく言われますな。雰囲気がよろしくないのでしょうか」
「アルヴィースはこんなところで元気でやってるの?」
 もしかしたら怖がっているのではないかと心配になり、アルスィオーヴは聞いてみた。
「お会いになられますか?」
「そうだな。せっかくきたんだから会っていくよ。それから、シグルズが薬をくれだってよ。まだ具合が悪いらしい」
「すぐに持っていきましょう。アルヴィース様の部屋へは、これがご案内します」
 魔道士が呪文を唱えると鬼火が現れ、アルスィオーヴを誘導するように、塔の中心部にある螺旋階段のほうへ動いていった。
「魔道士ってのは、おどろおどろした雰囲気が好きか」
 日が射さず、松明の光だけに照らされた螺旋階段を登りながら、アルスィオーヴは独りごちた。

 


 最上階まで行ったところで鬼火は消え、アルスィオーヴはなんでこんなに階段があるんだと文句を言いながら、戸を叩いた。
「アルヴィース、顔を見にきたぜ」
 今度もまた戸が自然に開き、中に入ると勝手に閉じた。
「閉じ込められたみたいでやな感じ」
 そこは居間だったが、だれもいなかった。テーブルのそばに置かれた椅子がだれかにひかれたように後ろに動き、アルスィオーヴにそこに座って待てと言っているようだった。
「なんか陰気なんだよなぁ。《アルフヘイム》にいた頃、いろんなもんが魔法で動いてたけど、もっと自然だったぜ」
「魔法は自然に生まれた方法だけど、魔道は人間が考え出した方法だから」
 突然、部屋の中にアルヴィースが現れ、アルスィオーヴの向かい側に座った。
「おまえ、人間の前でそんな現れ方すんなよ。びっくりされるぞ」
 アルスィオーヴは驚きもせずに言い、テーブルの上にあった焼き菓子をつまんだ。
「わかってるよ。今、魔道の練習をしてるんだ。ゲンドゥルが呪いを解きたいなら、わたしも魔道を知っておいたほうがいいって言うから。お茶をどう?」
 アルヴィースがベルを鳴らすと、魔道士見習いのフラールがふつうに歩いて部屋に入ってきて茶をおいて立ち去った。
「このほうが健全に感じるよ」
 アルスィオーヴはお茶を飲んでいった。
「おまえ、ここにいて居心地悪くないのかよ」
「居心地悪いかな」
 アルヴィースは部屋を見回して言った。
「そう感じないところが魔道士に向いてるんだろうな。城に住みたいとは思わないのか」
 アルヴィースは窓に近づいて城を見た。
「城にいたら、ボルグヒルド王妃が怒ると思うよ。わたしのことが嫌いみたいだ」
「確かに嫌ってるよなぁ。愛人の子だから頭にくるのはわかるけど、おまえもガキなのに大変だよな。呪いを解く方法はどうなった。いい方法が見つかったかい」
 アルヴィースは力なく首を横に振った。
「〈闇の妖精〉の王を倒すしかないんだ。ゲンドゥルがいろいろ研究してくれてるけど、〈光の妖精〉の王が手をつくしてもだめだったんだから、他に方法が見つかるとは思えない」
「それじゃ、だれなら〈闇の妖精〉の王を倒せるのか調べたのかい?」
「確実に倒せるのは神々で、互角に渡り合えるのが〈光の妖精〉の王。わたしと〈守る者〉は運が良ければ倒せるかもしれない。神々は〈滅びの時〉に起きる〈最後の戦い〉に備えて戦いの準備をしているから、わたしごときにかまってられないって言ってたし、〈光の妖精〉の王はわたしのために〈闇の妖精〉の王と戦って、相打ちになるならまだしも負けてしまったら〈光の妖精〉が滅んでしまうからだめだってさ。〈守る者〉はだれなのかどこにいるのかわからないし、〈滅ぼす者〉を倒すための存在だから、助けてくれないと思う。だから、わたしが自分で〈闇の妖精〉の王を倒すしかないんだ」
「ふぅん、〈光の妖精〉の王もなにもせずに追放したわけじゃなかったんだな」
「わたしがここにいれば、この国を滅ぼしてしまうのかな」
 アルヴィースは沈痛な面持ちで言い、アルスィオーヴは茶化すように手をひらひらとさせた。
「無理無理。この前まで、竜に捕まってたやつにそんなことできるかよ」
 アルスィオーヴは励ますつもりで言ったが、アルヴィースはグラーバクの魔道士に誘拐されたことを思いだし身震いした。
「わたしがここにいると、まただれかがわたしの力を奪おうと襲ってくるかもしれない」
「大丈夫だって。ここは武勲を誇ってる国だし、魔道もあるから心配ないよ。たとえ竜が襲ってきたって、竜殺しのシグルズがいるからなんてことないよ。塔にこもって余計な心配してないで、子供らしく外に出て遊んだらどうだい」
 遊ぶと聞いてアルヴィースの目が、きらりと輝いた。
「父上がアルスィと遊べって言ってたよ」
「ああ、ちゃんと聞いてるよ。でも、今はシグルズを連れてボルグビルド王妃のところに行かなきゃならないんだ。午後になったらまたくるよ」
「みんな忙しいんだなぁ。だれも遊んでくれない」
 アルヴィースはふくれて言った。
「中庭に行ったらどうだい。暇をもてあましている姫君たちが集まっているぜ」
「行きたいけど、一人で外にでるなって言われてるんだ。ゲンドゥルは仕事が忙しいし、フラールは魔道の勉強があるから、今はだめなんだって」
「そりゃかわいそうに、午後になったらちゃんと外へ連れ出してやるよ」
 アルスィオーヴはアルヴィースの頭をなでた。
「アルスィは好きなときにどこにでも行けるんだな」
 アルスィオーヴの手を振り払いながら、不服そうに言う。
「しかたないだろ。おまえは王子なんだから」
「《アルフヘイム》にいたときは、いつでも一人で好きなところにいけたのに」
「だから、さらわれちまったんだろ。そうならないように、みんなに守ってもらってるんだから、少しぐらい窮屈なのは我慢しろよ」
「アルスィは、妖精の力がなくなって悲しくなかった?」
 アルヴィースは急に真剣な顔をして聞いた。
「なんだよ、急に」
「わたしは追放されても魔法は使えるけど、アルスィは使えないじゃない。つらくない? わたしだったら、とても生きていけないよ」
「なに言ってるんだよ。そりゃ、最初はすごく不便に感じたけど、慣れちまえばたいしたことないよ。人間なんか最初から持ってないけど、りっぱに生きてるじゃんか」
「アルスィは《アルフヘイム》に帰りたくないの? 追放されてなんとも思わない?」
「別に。《ミッドガルド(人間の世界)》だって捨てたもんじゃないぜ。美人だっているし。特にこの国は妖精の血を引いてるやつが多いせいか美人ぞろいだ。おれの仕事には美人のお姫様の話し相手も入ってるんだぜ。宮廷楽士ってのはいいねぇ。おまえにくっついてきてよかったよ。ほんと、感謝するぜ」
 鼻の下を伸ばして、うれしそうに言う。
「アルスィ、そんなにうれしそうにしていたら、ちっとも盗みをした罰になっていないよ」
 アルヴィースに言われ、アルスィオーヴはそりゃそうだと笑った。





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