ラグナレク
第二章 ガグンラーズの魔女・2 やはり、フュルギヤは〈守る者〉だった。ゲンドゥルはアルヴィースを連れて城に行き、シグムンド王に報告するとフュルギヤ姫に魔道を教えたほうがいいと進言した。 「なにか考えがあるのか」 シグムンド王が先をうながすと、ゲンドゥルは説明した。 「魔道を教えるということは、フュルギヤ姫はわたしの弟子になるということです。ならば、アルヴィース様の味方にもなるでしょう。水晶を使ってフュルギヤ姫と連絡をとり、この地からわたしが指導いたします」 「だが、ベストラ王妃はスリーズ王を失脚させるために、魔道を習わせたいと言っているのだぞ。魔道を政治に使ってはならぬという掟をフュルギヤが守ると思うのか」 「フュルギヤ姫がどんな人物なのか知りませんが、ガグンラーズは魔道にうとい国です。近くに止める者がいなければ、掟を軽んじて母親の願いを聞くでしょう。父上、この話は変だと思いませんか。いくら王座を奪還したいとはいえ、魔道を嫌うガグンラーズ国がなぜ、魔道に頼るのです。それにスリーズ王もベストラ王妃も、魔力を持つ者が生まれたことのない家系の出身です。その娘が魔力を持っているというのも、おかしいのではないですか。ガグンラーズ国は〈闇の妖精〉が住む《スヴァルトアルフヘイム》の近くですから、〈闇の妖精〉が人間の赤ん坊を〈闇の妖精〉の赤ん坊と交換したか、ベストラ王妃を騙して生ませたかしたのではありませんか。〈闇の妖精〉はよくこういった悪さをしますから、あながちはずれてはいないでしょう。わたしには、この話が〈闇の妖精〉が企んだ罠に思えます」 アルヴィースもシグムンド王同様、ゲンドゥルの計画に乗り気ではなかった。 「ですが、このままなにもせずにほうっておいては、間違いなく〈守る者〉は我々の敵にまわってしまいます。アルヴィース様の言われるとおり、〈闇の妖精〉がからんでいるならばなおさらです」 ゲンドゥルは危険を承知でやるべきだと強く言ったが、シグムンド王の考えを変えることはできなかった。 「だからといってみすみす罠に飛びこむのは、愚か者のすることだ」 「ゲンドゥル、魔道の修業には時間がかかる。まして水晶を使ってのやり取りでは、はかがいくまい。もしフュルギヤによほどの才能があったとしても、後二年で学び終わることはないな」 アルヴィースが思案しながら、ゲンドゥルに聞く。 「そうですが、それがなにか」 ゲンドゥルはアルヴィースの考えていることがわからずきょとんとする。アルヴィースはシグムンド王に向かって話しだした。 「わたしが魔道士になったら、ガグンラーズに行き、フュルギヤ姫に会うのはどうでしょう。味方になるようだったら協力を頼み、敵になるようだったら殺します。彼女が魔道を習得する前なら、さほど分が悪くはなると思いません」 「そうですな。たとえ戦うことになっても生半可に魔道を知っているだけに、フュルギヤ姫のほうが不利になるでしょう。ですが、味方になった場合、それが仇になります」 今度はゲンドゥルが、アルヴィースの案の欠点を指摘した。 「そのときは、わたしが教えます。ゲンドゥルが本格的に教えなければ、少し手ほどきするだけでどうにかなります」 「だが、おまえの言うとおり罠ならば、ガグンラーズ国には多くの〈闇の妖精〉が待ち構えているのかもしれんぞ」 シグムンド王も欠点を見つけて言う。 「ですが、まっすぐに《スヴァルトアルフヘイム(闇の妖精の世界)》に向かって、〈守る者〉と〈闇の妖精〉の王が合流させてしまうより、〈守る者〉を倒した上で、《スヴァルトアルフヘイム》に向かったほうがよいと思います。たとえ、〈守る者〉が〈闇の妖精〉の王に援軍を頼んでも、〈滅びの時〉がせまっているのですから、そう多くの軍をよこすことはないでしょう」 「うむむ、わしとて、この国を守るために少しでも多くの軍が必要でなければ、おまえについていかせるのだが」 シグムンド王はうなり、考えこんだ。 「父上、《アルフヘイム(光の妖精の世界)》から追放された私をひきとってくれただけで充分です。必ず、命がつきる前に〈闇の妖精〉の王を倒して呪いを解き、〈光の妖精〉の王に追放を解いてもらいます。《アルフヘイム》で静養して元気になったら、ファグラヴェールに戻ってきますよ。それまで、待っていてください」 アルヴィースは、心配する父をなぐさめた。 「アルヴィース、そのときはわしも行くぞ」 ジグムンド王の発言に、アルヴィースとゲンドゥルは仰天した。 「なんですって」 「なにを驚いておる。わしはなにがあってもおまえを守るとギースルと約束したのだ」 「いけません。じきに〈滅びの時〉がくるというのに、王がいなくなってしまったらファグラヴェールはどうなるのですか」 血相を変えてゲンドゥルが止める。 「そうです。母上だって、ちゃんとファグラヴェールを治めてもらいたくて、わたしのことを言わなかったのですよ」 アルヴィースも必死で思いとどまらせようとする。 「シグルズがおるだろう。国はあやつに任せる」 「そんなことは、だめです」 アルヴィースはきっぱりと言った。 「〈滅びの時〉が間近に迫っているときに、政権交代などなさいますな。民が不安がります」 「二人ともうるさいぞ。わしは行くと言ったら行くのだ」 シグムンド王は強情に言い、ゲンドゥルは困りきってしまった。 「そんなに簡単に決めることはできません。大臣たちの意見もお聞きください」 「わしは王だぞ。意見などいらん」 「父上、せめて兄上の意見も聞いてください」 アルヴィースはシグムンド王が「そんなものいらん」と言ったにも関わらず、シグルズに止めてもらおうと小姓に呼びに行かせた。 しばらくしてやってきたシグルズは、ゲンドゥルから王がアルヴィースとともに旅に出るつもりだと聞き、あきれ顔になった。 「父上、もうお年なんですから、アルヴィースのことはわたしに任せて、おとなしく王座に座っていてください」 シグルズは言い、「わたしに任せて」の部分がひっかかったアルヴィースは片眉をあげた。 「年とはなんじゃ。わしとてまだまだ戦えるぞ」 シグムンド王が気分を害して言う。 「わたしのほうが戦えます」 自信を持ってシグルズは断言する。 「ちょっと待ってください。兄上はわたしとともにくるつもりか」 アルヴィースが予想外の展開に慌てて確認した。 「いけないか?」 シグルズはすっかり行くつもりで言い、一人で旅立つつもりだったアルヴィースは唖然とした。 「それがよろしいですな」 ゲンドゥルがシグルズの意見に賛成し、シグムンド王とアルヴィースは、彼をにらみつけた。 「王よ、シグルズ様は剣を通さぬ体の持ち主なのです。〈闇の妖精〉の王に立ち向かうなら、そのほうがよろしいかと」 ゲンドゥルは言ったが、シグムンド王は納得しなかった。 「ならば、占いでだれが行くか決めたらどうです」 アルヴィースは二人が不必要だと出ればいいと思いながら言い、さっそくゲンドゥルがルーン文字のかかれた小石をかくしから取り出して占った。 「シグルズ様が行くべきだと出ました」 シグルズはにやりとし、シグムンド王はうなった。アルヴィースは天を仰いでいた。 「占いは当たっているのか」 往生際悪く、シグムンド王が言う。 「ゲンドゥルの占いがはずれるわけがないでしょう」 シグルズは言い、シグムンド王はがっくりと肩を落とした。王はアルヴィースをそばに呼び寄せ、「かならず生きて帰るのだぞ」とふだんは鋭い光を放つ目をうるませ、アルヴィースの手を強くにぎって言った。 「父上、旅立つのは二年後ですよ」 アルヴィースは気が早過ぎると苦笑した。
魔道の塔に戻るとすぐにゲンドゥルはアルヴィースに連絡用の水晶を作るように言い、アルヴィースは手際よく作業に取りかかった。たいして時間をかけずに、手の平に収まる大きさで完全に球形の曇りがまったくない水晶ができあがる。 「すばらしい。アルヴィース様は魔道をやるために生まれてきたようなお方ですな」 ゲンドゥルは水晶を取り上げ、感嘆の声をあげた。 「これぐらいたいしたことじゃない。それで、これをどうやってガグンラーズ国にいる姫に渡すつもりだ?」 アルヴィースはゲンドゥルの賛辞を聞き流し、水晶を作るために使った道具を片付けた。 「〈滅びの時〉が近づいているため空間が歪みつつありますが、まだかろうじて瞬間移動ができますので、魔道士に持たせます。ついでに〈闇の妖精〉が関わっているか偵察もさせましょう」 「危険だな。もし関わっていたら、中に入れこそはすれ帰れはしないのではないか」 「我々を怪しませないために、黙って帰すかもしれません。ですが、最悪の場合は考えておくべきですな。できるだけ力の強い者を送ります」
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