ラグナレク・2−4

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ラグナレク


第二章 ガグンラーズの魔女・4



「彼女が〈守る者〉か。幽鬼のように恐ろしい姫かと思えば、ただのかわいらしい姫君だな。〈闇の妖精〉の血をひいていなければ、どこにでもいる世間知らずの姫君だ」
 水晶からフュルギヤの姿が消えると、興味深く二人の会話を聞いていたアルヴィースが言った。
「やはり、〈闇の妖精〉の血をひいておりましたな。しかし、人間の血もひいているようですから、ベストラ王妃の子であることは確かでしょう。それにしてもへんですな。妖精の血をひきながら魔力があるのに魔法が使えないなどと。アルヴィース様は、そのような話をお聞きになられたことがありますか」
「ないな。魔法が使えないというのはうそではないのか」
「本当に使えたら、塔に閉じ込められてなどいないでしょう。とっくに逃げ出しているのではありませんか」
「それもそうだな。だが、魔法が使えない者が、どうやってわたしを倒すんだ?」
「わかりませんが、フュルギヤ姫を味方につけておいたほうがよいのは確かです」
 ゲンドゥルが言い、アルヴィースは眉をはねあげた。
「それは無理だ。彼女は〈闇の妖精〉だぞ。協力してくれるわけがない。父上に話して計画の変更をしよう」
 相手が本当に〈闇の妖精〉の血をひく者だとわかるなり、〈闇の妖精〉を嫌う〈光の妖精〉らしくアルヴィースは急に消極的になって言った。
「まだ無理だと決まったわけではありません。事情を話せば、協力してくれるかもしれません」
「〈闇の妖精〉がそんなことをするか」
 アルヴィースは〈闇の妖精〉への嫌悪もあからさまに言い切った。
「アルヴィース様、邪悪なことをするのはごく一部の者だけで、すべての〈闇の妖精〉が悪いわけではありません」
「それは信じられないな。わたしをさらい、母を殺したのは〈闇の妖精〉だし、わたしを呪ったのは〈闇の妖精〉の王だ」
「ですが、フュルギヤ姫は邪悪には見えませんよ」
「見えないから、邪悪ではないとは言えないだろう」
「アルヴィース様、フュルギヤ姫を味方につけねば、呪いを解くことはできないのです。しかもあなたが元気に動けるうちに解かねばならないのですよ。あまり時間の猶予はありません」
「呪いを解けば延命できるわけじゃない」
 どうでもフュルギヤ姫と接触したくないアルヴィースは、呪いを解くことをあきらめたようなことまで言い、忍耐強く説得しようとしていたゲンドゥルを怒らせた。
「アルヴィース様、いい加減にしてください。呪いを解けば、追放された《アルフヘイム(光の妖精の世界)》に帰り、弱った体力を取り戻すことができるではありませんか。それに運がよければ、命がつきる前に〈滅びの時〉が終わり、光の射す新たな世界が始まるかもしれないのですよ。アルヴィース様は、なにもかもあきらめて死ぬおつもりですか」
「悪かった。〈闇の妖精〉と手を組むのかと思うと虫唾が走るんだ」
 アルヴィースは深くため息をついた。
「それでもやらねばならないのです」
 厳しい声できっぱりとゲンドゥルが言う。
「わかっている。あとでアルスィに女の口説き方でも教わっておくよ」
 アルヴィースはしかたなさそうに言い、ゲンドゥルは思わず叫んだ。
「そんなことを教わらなくていいのです。あなたは王子なのですから、道化の真似事などしないでください」
「本気にとるな。魔道を姫に教えるのは、ゲンドゥルだ。味方につける努力をするのは、わたしではなくおまえだよ。わたしの命はおまえにかかっているんだ」
「わたしだけに責任を押しつけないでください。あなたも交渉するのです」
「なぁ、アルスィが交渉するのはどうだ。あいつは姫君の機嫌をとるのがうまいぞ」
 アルヴィースは往生際悪く、役目を押しつける相手を見つけて言った。ゲンドゥルは反射的にそんなばかなことをと言いかけ、口を閉じた。
「よい考えかもしれませんな。塔の中の暮らししか知らぬ姫様ですから道化と話すのは楽しいでしょうし、水晶を使っての会話ですから、アルスィオーヴのやつめもばかなことはできません。やってみましょう」
 ゲンドゥルは言い、アルヴィースはこれでフュルギヤ姫のご機嫌取りをやらされずにすんだとほっとした。

 


 能天気なアルスィオーヴはアルヴィースほど、〈闇の妖精〉の血をひくフュルギヤを毛嫌いしなかった。ゲンドゥルからフュルギヤの話し相手を頼まれたとき〈闇の妖精〉は苦手だと渋い顔をしていたが、引き受ければ金細工の燭台をもらえると聞くとあっさりと快諾した。
 ゲンドゥルがフュルギヤに講義している間、自分の番を待っていたアルスィオーヴは退屈してアルヴィースの部屋に行ったが、修行の邪魔だとすぐに追い出されてしまった。
「ちぇ、講義が終わってから、おれを呼べばいいのに」
 アルスィオーヴはすることもなく魔道の塔の螺旋階段をぶらぶらとしていたが、どこの部屋からか呪文を読み上げる低い声や雷に似た音、獣の咆哮などが聞こえ、塔内に不気味に反響した。最初はいやな音がすると思っただけだったが、ずっと聞いているうちにだんだんと恐ろしくなり、暇つぶしに探索して貴重なお宝を見つけてやろうという気も失せ、ゲンドゥルの部屋に戻った。
 ゲンドゥルはまだ講義していた。アルスィオーヴは部屋の中を歩き回って本棚をのぞいたり、あちこちにおかれた奇妙な彫刻や模型を見ていたが、長年、盗みをやり、仕掛けられた魔道の危険性を身にしみて知っていた彼は、うかつに触って魔道を動かすような愚は犯さなかった。
「今日はここまでにしましょう」
 やっとゲンドゥルが言い、アルスィオーヴは自分の出番だとゲンドゥルと席を代わった。
 水晶の中にはまだ子供といっていいほどの少女がいた。闇のように濃い黒髪と月光を集めたような銀色の目を見て、月の精の力を持っているなと思う。
 アルスィオーヴは礼儀正しく自己紹介してから、「お姫様、かわいいね。あと数年したら美人になるよ」とアルスィオーヴがおかしなまねをしないようにそばでゲンドゥルが見張っているにもかかわらず、馴れ馴れしく言った。フュルギヤは生まれてはじめて乳母以外の者に容姿をほめられて、顔が真っ赤になった。
「本当? アルヴィース王子もそう思ってくれるかしら」
 おやおや、さっそくきたかと、アルスィオーヴは心の中で言った。女性にアルヴィースと親しいようだからと彼のことをあれこれ聞かれるのはよくあることだった。
「もちろん、そう思うだろ。あいつはなにも言わなかったのかい?」
「まだ挨拶しただけだから」
 フュルギヤは残念そうに言った。それから期待に顔を輝かせて、「また会えるかしら」と聞く。
「会えるんじゃない? ただ今は忙しいみたいだよ。おれも邪魔をするなって部屋から追い出されたところだから」
「まぁ、そうなの」
 アルスィオーヴはアルヴィースのことばかり話したがるフュルギヤに根気強く付き合い、その日はそれだけで話が終わった。
「どうしてこんないい男が目の前にいるのに、気がつかないんだろう」
 ゲンドゥルがフュルギヤの姿を水晶から消すと、アルスィオーヴは真顔でぼやいた。それから「なんだよ」と意外そうな顔をして彼を見ているゲンドゥルに向かって言う。
「欲の皮のつっぱったお調子者だと思っていたが、なかなかどうしてうまい聞き役だのぅ。さすが、王から王妃の話し相手を命じられるだけはあるの」
「じいさん、おれをどういう目で見てるんだよ。とってもまじめに宮廷楽士の仕事をしてるじゃないか」
「そうか、ならこれはいらぬか」
 ゲンドゥルの手に金細工の燭台が現れた。アルスィオーヴは顔をにやけさせて、「いります。いります」と両手を差し出す。
「まったく、どうしてそんなに宝が好きなのじゃ」
 ゲンドゥルはアルスィオーヴに渡すと、アルスィオーヴは心底うれしそうに燭台を眺め回した。
「妖精は宝を集めるのが好きなの」
「それは妖精ではなくて、小人や竜だ」
「妖精だって光り輝く物は好きさ。《アルフヘイム》にいた頃は、夜な夜な集まって自分の宝自慢をしたものさ」
「それが昂じて宝を盗むようになったか」
「まぁ、そんなとこだな。倉庫にしまって忘れ去られるぐらいなら、おれが毎日部屋に飾って眺めてやったほうが宝だって喜ぶよ」
「アルスィオーヴ、わが国の宝を一度でも盗むようなことがあれば、ただではすまさぬぞ」
 ゲンドゥルは念の為に釘を刺しておいた。
「信用ないな。もう盗みはしないって王に誓ったから、宮廷楽士にしてくれたんじゃないか。さて、そろそろシーズ姫のお相手をしに行くか。明日はもう少し遅い時間にくるよ。あんたの講義が終わるのを待っていたら、退屈で死んじまうからな」
「なんてことを言う。魔道は人間にとってとても大切な学問なのだぞ。一緒に学ぼうという気はないのか」
 ゲンドゥルは怒ったが、すでにアルスィオーヴは塔の階段を駆け下りていた。

 


 塔の前に作られた小屋が完成すると、ハール親子がすぐに移り住んできた。アルスィオーヴは魔道の塔にくるとき、決まって小屋によりディースにちょっかいを出して怒らせては、魔道の塔に逃げこんできた。
「毎日、毎日、よく懲りないな。望みがないのなら、あきらめたらどうだ」
 アルスィオーヴがほうきを持ったディースに小屋から追い出されるのを窓から見ていたアルヴィースは、しばらくしてあがってきたアルスィオーヴに言った。
「アルヴィース、なんのことを言ってんだよ。おれは毎日、あの足の悪いご老人をなごませようという親切心で、あの小屋に通ってるんだぜ」
「うそつけ。ディースがお目当てのくせに」
「なにをおっしゃる。ディースはあんたに夢中だよ。知ってるか。あんたが小屋の前を通るたびに、窓から見て、はぁってせつなげなため息ついてるんたぜ」
 アルスィオーヴはディースのまねをして、椅子に座るとテーブルに頬杖をついて、ため息をついて見せた。
「こーんな感じ」
「そうかい」
 アルヴィースは興味なさそうに、今日中に読んでしまうつもりの本を手に取った。
「信じてないな。おまえ、けっこう人気あるんだよ。呪われた王子様、なんてかわいそうなんでしょうって、女たちが騒いでるの知らないの?」
「知らないな」
 アルヴィースは本を読みながら、そっけなく言った。
「アルヴィース、おまえ、その歳で女に興味ないなんておかしくないか」
 アルスィオーヴは椅子に後ろ前に座り、背もたれを抱えた。
「アルスィ」
 アルヴィースは怒りを押し殺した声で言った。
「わたしは命がつきる前に、魔道士になって〈闇の妖精〉の王を倒し、〈光の妖精〉の王に《アルフヘイム》からの追放を解いてもらわなければならないんだ。おまえみたいに、女を追いかける時間なんてないんだ」
「悪かったよ」
 アルスィオーヴはアルヴィースににらみつけられて謝った。
「でもさ、おれも好き好んで姫様たちの話し相手をしてるわけじゃないぜ。シグルズ様、たくましくてかっこいい。アルヴィース様、美しくてすてき。なんて話をえんえんと聞かされてるんだからさ。それにみんなして避けてるボルグヒルド王妃の話し相手だってやってるんだぜ」
「そこだけは、すごいと認めるよ」
「そんなに嫌うなよ。王妃だって農家に生まれてりゃ、愛のない結婚をすることもなかったろうし、息子が危険な冒険に出かけて死ぬんじゃないかってはらはらしたりすることもないから、あんなにカリカリした女にならなかったと思うぜ。ところで、今日はまだフュルギヤ姫と連絡しないの? おれ、そのためにきたんだけど」
「ゲンドゥルに聞いてくれ。わたしは、今日中にこの本に書いてあることを習得しなければならないんだ」
「おまえ、フュルギヤ姫ぐらいはかまっておいたほうがいいんじゃないの。彼女もアルヴィース様ぁってくちだぜ。顔を見せてやるだけでも喜ぶぜ」
「ばかなことを。〈闇の妖精〉をたぶらかしてどうする」
「たぶらかせって言ってるわけじゃないよ。ただちょっと顔を見せてやるだけさ。でもそうだな。〈闇の妖精〉と〈光の妖精〉の恋愛はうまくいった試しがないから、思わせぶりなことはしないほうがいいかもな。でもさ、おれが姫の相手ばっかりしてたら、姫はおれに惚れるんじゃない? そしたらどうしてくれる?」
 真剣な顔をしてアルスィオーヴは言い、アルヴィースは大笑いした。





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