ラグナレク
第二章 ガグンラーズの魔女・9 悲鳴が上がった。人々が騒々しく動き回っているようすを感じとり、フュルギヤは閉じていた目をおそるおそる開けた。 大半の人々が半狂乱になりながら、広間から逃げ出していく。近衛たちはだれが王と王妃を殺したのかと、怒りにまかせて叫んでいた。 王が死んだ? フュルギヤは、特になにをした覚えはなかった。ただ、死にたくないと思っただけだ。 王はどこにいるのだろうと思っていると、叩きつけられた虫のように反対側の壁に張りついている赤いものが目に入った。それから、それが恐ろしい力で壁に叩きつけられた王だと気づき、フュルギヤは声をあげまいとしたにもかかわらず絶叫した。 近衛がフュルギヤ姫に気づき、いったいなにがあったのかと集まってきた。フュルギヤは立ちあがろうともせず、彼らを見上げる。 どうして彼らは、今ごろになって動き出したのだろう。スリーズ王が剣を抜いて追いかけてきたときに助けてくれれば、こんなことにならなかったのに。 「わたし、そんなつもりじゃなかったの。そばにこないで。あなたたちも殺してしまうかもしれない」 フュルギヤは涙ながらに言った。 ああ、一年以上の時間をかけて魔道を学んだというのに、こんなひどいことになってしまった。フュルギヤは壁に背中を押しつけ、恐怖の目で近づいてくる近衛たちを見つめた。 「いったい、なにがあったのです。これはどういうことなのです」 近衛たちは不思議そうな顔をしている。凍りついていた間の記憶はないらしい。 「わたしが殺してしまったの」 すっかり動転してしまったフュルギヤは、涙を流しながら弱々しく言った。 「あなたが王を?」 一人が確かめるように聞く。フュルギヤはこれで殺されることになるのだろうかと、震えながらうなずいた。 「王妃もですか」 彼女は守れなかった自責の念から、そうだと答える。 「廷臣たちは?」 「わたしよ」 (みんな、わたしのせいで死んだんだから、わたしが殺したも当然だわ) フュルギヤは、すっかり自暴自棄になっていた。 「なにか、理由があるに違いない」 いったい今までどこにいたのか、不意にナールが現れ、近衛とフュルギヤの間に立って言った。 「ここはもういい。おまえたちは反乱軍に備えて、城の守りを固めろ。じきに城壁を越えてやってくるぞ」 「しかし、ナール様、王を殺した者をほうっておくわけには」 「フュルギヤはわたしが見ている。さぁ、早く行け」 「しかし」 「王が死んだ以上、王位継承者であるわたしが王だ。王の命令が聞けないのか」 ナールは王らしく命じ、近衛たちはしぶしぶ引き下がった。命令を実行するために広間を出ていく。 「さぁ、姫様、逃げるとしましょうか」 近衛がいなくなると、ナールはフュルギヤに向かってやさしく言い、彼の言葉にフュルギヤは目を丸くした。 「どうして、わたしを逃がしてくれるの?」 「あなたをお守りするって言ったでしょう。自分一人で逃げたりしませんよ」 「わたしは、お父様もお母様も殺してしまったのよ。それに、わたしは魔力を持っているのよ」 「そうは言っても故意にやったわけではないのでしょう。それに、わたしも持っていますから魔力を恐がったりはしませんよ」 「持っているって」 フュルギヤはそんなことがあるのかと、まじまじとナールを見た。 「信じられませんか?」 ナールは剣を宙に浮かせてみせた。 「わたしにできるのは、これぐらいですけどね」 フュルギヤは、泣きそうな笑いそうな顔をした。 「わたし、なにがなんだかわからないの。どうしてこんなことになったの? お父様もお母様も殺すつもりなんてなかったよ。それなのに、どうしてこんなことに」 フュルギヤはわっと泣き出し、ナールにしがみついた。彼は黙ってフュルギヤを抱きしめ、にやりとどこか禍々しい笑みを浮かべた。
「アルヴィース様、冷静になってよく考えてください。絶対にディースと結婚することはできません」 ゲンドゥルは長い間考えたあと、アルヴィースに言った。 「身分がなんだと言うんだ」 アルヴィースは吐き捨てるように言った。 「それだけではありません。あなたはもうすぐ〈闇の妖精〉の王を倒すために、《スヴァルトアルフヘイム》へ行かねばならないのですよ。どうしても結婚したいと思うのなら、帰ってからでよいではありませんか」 「ゲンドゥル、わたしは生きて帰ってこられないかもしれないんだぞ」 「必ず、生きて帰ってくるのです。そして、ディースと結婚したいと王を説得なさい。今、結婚をしたいなどと言えば、魔道の修業の邪魔になると引き離されますよ。わたしとしましても、今はお会いにならないほうがよろしいかと思います」 「父に言いつける気か」 「そんなつもりはございません。ただ、魔道の修業をさぼるのをやめてくだされば、帰ってきたとき、ディースと結婚できるように王に進言してさしあげます」 アルヴィースは真剣な顔でしばらく考え込んでから、「わかった。ディースにそう言ってくる」と言い、フラールを従えて魔道の塔を出ていった。 「やれやれ」 ゲンドゥルはこれで魔道の修業をまじめにしてもらえると、ほっとして椅子によりかかったとき、水晶が低い音をたて始め今度は何事かと身を起こした。フュルギヤが連絡を取りたがっているが、まだ連絡を取り合う時間ではなかった。なにかあったに違いない。ゲンドゥルが水晶に手をかざすと、泣いているフュルギヤが映し出された。フュルギヤはすぐさま両親を殺してしまったことを話し、ゲンドゥルは魔道士にすぐにアルヴィースを呼んでくるように言った。
「〈闇の妖精〉が仕組んだな。そうでなければ、人々が肝心なときに凍りつくわけがない」 ゲンドゥルから話を聞いたアルヴィースは目を細めて言った。 「参りましたな。助けに行こうにも〈滅びの時〉が近づいたせいで空間が歪んでしまい、以前のように瞬間移動はできませんし、手のあいている魔道士もおりません。姫だけで、どうにかしてもらわねば」 「反乱軍は、魔道で脅せばいいさ。魔道に慣れてないガクンラーズ国の者ならば、驚いて逃げていくだろう。問題は〈闇の妖精〉だ。世間知らずの姫の手には負えまい」 アルヴィースが自分ならうまく対処できるのにと、落ちつきなく部屋の中を歩きまわる。 「だからといって、あなたが魔道の修業を途中でやめて助けに行くわけにはいきません。後半年、姫一人でがんばってもらわねば」 ゲンドゥルは水晶に向き合い、フュルギヤを呼び出した。水晶の前でゲンドゥルの指示を待っていたフュルギヤは、すぐに現れた。 「フュルギヤ姫、今から簡単な魔道を教えます。それで反乱軍を追い払いましょう」 「でも、ナールがここから逃げろって」 フュルギヤが困惑顔で答える。 「魔物が徘徊する外へ逃げるですと。安全な場所を見つけてあるのですか」 ゲンドゥルが驚いて聞く。 「わからないわ」 「姫様、外には多くの魔物が住みついています。ちゃんとした備えがないのならば、堅牢な城にとどまったほうが賢明ですよ」 「そうなの?」 「まずは、わたしの言うとおりにやってみてください。それが失敗したとき、外に逃げることにしましょう。簡単ですから、姫様にもすぐにできますよ」 ゲンドゥルは、フュルギヤに紙とペンを用意させると、簡単でこけおどしのきく呪文をいつくか書き止めさせた。
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