ラグナレク・2−12

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ラグナレク


第二章 ガグンラーズの魔女・12



 昼食を終えるのがいつもより遅くなってしまったため、魔道の塔からゲンドゥルが迎えにきていた。午後は魔道の修業する時間にあてていたから、師匠であるゲンドゥルが、アルヴィースがまたさぼってどこかに行ってしまったのかとようすを見にきたのだ。
「もうさぼらないと言っただろう」
 アルヴィースは苦笑しながら、ゲンドゥルの後について行った。城からでると、雪が降りだしていた。本来は白いはずの雪は雲が放つ赤い光を反射して血の色に染まっている。
「そのお言葉を何度も聞かされたもので」
 ゲンドゥルは積もりはじめた雪を魔道で解かしながら言った。ゲンドゥルに信用してもらえず、アルヴィースは「ディースと結婚できるのなら、もうさぼらないと言ったろう」と力をこめて言うが、「そうですか」とゲンドゥルに軽く聞き流されてしまった。
「そんなにわたしが信じられないか」
「火の精は風の精と同様、気が変わりやすいですからな」
「風の精? アルスィオーヴのことを言ってるのか」
「あの者は、あっちにふらふら、こっちにふらふらと落ちつきがありませんな。もう妖精ではないとはいえ、性は残るのですな」
「なぜ、わたしをアルスィと一緒にする」
 アルヴィースはいやそうに眉をひそめた。
「あなたは言っているときは本気なのですが、時間がたつと気が変わってしまうのですよ。長い時間、ひとつのことを続けていられないのは、アルスィオーヴと一緒です。ディースと今結婚したいなどと言ったのは、旅から帰ってきてからでは心変わりしてしまうと自分でわかっているからではないですか」
「そんなことはない」
 アルヴィースはむっとして言った。
「そうですかな。おや、話題の主がきましたぞ」
 魔道の塔に入ろうとしたとき、雪の中をディースがこちらへ駆けてきた。
「大事なお話があるのです」
 ディースはアルヴィースに向かって言い、「よろしいですか」とゲンドゥルに聞いた。
「どうしても今でなければいけませんか」
 ゲンドゥルはディースを追い払おうとして言ったが、アルヴィースが雪の中では話もできないと彼女の手をつかみ魔道の塔の中へ入れてしまった。
「アルヴィース様」
 ゲンドゥルは会わないと言ったのではないかと責めるが、アルヴィースは「大事な用ならばいいだろう」とディースを一階の図書室に連れていった。ここは一般の者も入れるようになっていたが、魔道の塔へ本を読みにくる者はほとんどいなかった。
 アルヴィースは本を管理している魔道士を部屋から出て行かせると、魔道の塔に連れてこられて蒼白になっているディースに椅子を勧めたが、彼女はこのままでいいと座らなかった。
「なぜ、だれもが魔道の塔を怖がるのかな。ここがそんなに怖いかい」
 アルヴィースはディースに聞いた。
「恐ろしいですわ。怖い噂がたくさんありますし、雰囲気も幽霊屋敷みたいですし」
 ディースは初めてアルヴィースと会ったときのように緊張して答えた。アルヴィースはいくら魔道の塔が怖いとはいえ、ディースのようすがおかしいのは、それだけではない気がした。
「手短にご用件を」
 ゲンドゥルが午後にやる予定だった魔道の修業が遅れてしまうと、いらだちながら言った。アルヴィースはゲンドゥルに部屋から退出するように命じたが、ゲンドゥルは「なりません」と弟子を叱る師匠として厳しい声音で言った。
「ゲンドゥル」
 命令に逆らわれて怒ったアルヴィースがゲンドゥルに詰め寄ろうとした時、ディースが止めた。
「いいんです。すぐに話を終わらせますから」
 それから目を閉じ、深呼吸をする。
「お別れに参りました。お会いするのは、これで最後です。これから、わたしはヴィナディースの神殿に行き神に仕えます」
 これだけのことを一息に話す。アルヴィースは、いきなりのことに声を失った。
「いったい、なぜ。わたしが呪いを解いて帰ってくるまで、どうして待ってくれない」
 アルヴィースはゲンドゥルがいることを忘れて叫んだ。
「我が家は貧しくて、結婚したくても持参金がないのです。それに昨日、父が死にました」
 ディースは声を震わせながら、静かに言った。
「なんだって」
 アルヴィースは小屋のほうへ行こうとし、ディースが止めた。
「もう葬儀はすませました。今は墓の中におります」
 アルヴィースはがっくりと肩をおとした。昨日、小屋にディースの姿がなかったのはそのためかと思う。
「なぜ、葬儀に呼んでくれなかった」
 アルヴィースはディースを責めた。
「だって、あなたがきたら、びっくりして生き返ってしまいますもの」
 ディースは無理に笑みをつくって言う。
「お時間を取らせてすみませんでした」
 ディースは一礼して去ろうとしたが、アルヴィースは彼女の腕をつかんでひきとめた。
「《スヴァルトアルフヘイム》から帰ってきたら、必ず迎えに行く。うそじゃない」
 ディースはやさしく首を横に振った。
「いいえ、これでお別れです」

 


「昨夜も今朝もたいして食べていないではありませんか。お体に障りますから、昼食はちゃんととってください」
 小食堂の前でフラールはアルヴィースに言い、控えの間に下がっていった。先に小食堂に入ろうとしていたカーラはそれを聞いて、振り向いた。アルヴィースの顔は蒼白だった。
「どうしたの?」
 カーラが聞くと、アルヴィースは肩をすくめ、小食堂に入った。
「ちょっとふられただけですよ」
 食事の用意をしていた侍女たちが下がるのを待ってから質問に答える。
「昨日言っていた人ね。かわいそうに」
 カーラは席を立って、アルヴィースを抱きしめた。
「なにをしているんだ」
 ちょうど小食堂に入ってきたシグルズが言う。
「アルヴィースがふられてしまったの」
 カーラはシグルズがひいてくれた椅子に座りながら言い、アルヴィースは「誰彼としゃべらないでくれ」と顔をしかめる。シグルズはアルヴィースが恋をしていたのかと驚いた。
「あら、シグルズに言っただけじゃない。口さがのない姫たちに言ったわけじゃないわ。それにしてもアルヴィースをふるなんて人、顔を見てみたいわ」
「もうヴィナディースの神殿に行ってしまいましたよ。神に仕えるんだそうだ」
 カーラは眉間に皺をよせた。
「ヴィナディースは愛の女神よ。本当に愛の女神の神殿に行ったの?」
「間違いない。ディースがそう言ったんだ」
 昨日から茫然としているアルヴィースは、うっかりディースの名前を口にした。
「まぁ、ディースが相手だったの」
 カーラは思わず叫んだ。
「彼女があなたに夢中なのは知っていたけど、ちゃんと思いを遂げるなんてすごいわ」
「彼女を知っているんですか」
 アルヴィースは驚いて聞いた。
「女はみんな、おしゃべりをしに中庭に集まるのよ。庭の小屋に移るまではよく話したわ。と言っても、彼女はあなたの話を熱心に聞いていただけだけど」
「なにを話していたんだ?」
 アルヴィースが眉をひそめて言う。
「いろんなことよ。アルスィオーヴがあることないことベラベラしゃべってるの。でも当たり障りのないことしか言ってないから安心して。彼、その辺の事はうまいから」
「だからって、駆け落ちのことまで話してないだろうな」
 シグルズが言い、カーラは「じゃあ、協力してくれるのね」と目を輝かせた。
「もちろん、だれにも話してないわ。どうすればいいの」
「あさってサーゴネスの町に五十人の兵を連れていく。あそこの町は守備がしっかりしているから、一番安全な町だと思う。おまえの恋人は兵士だというから町に補充する兵の中にいれる。食料を運ぶのに荷馬車を一台使うから、おまえはその中に隠れるんだ」
「まぁ、やさしいお兄様」
 カーラは席を立ってシグルズの頬にキスをする。
「礼なら、父上に言ってくれ」
 シグルズは言い、カーラとアルヴィースは仰天した。
「話しちゃったの」
 シグルズはうなずいた。
「だが、知らないことになっている。父上が知れば、恋人を死刑にしておまえを神殿で暮らさせるしかなくなるからな」
「よく説得できたな」
とアルヴィースが言う。
「おまえを引き合いに出したのさ。母親と暮らしているときは父親がなく、やっと父親と暮らせるようになったと思えば、母親は死んでいた。いつも片親でさみしそうだ、父親を死刑にしてカーラの子供にもそんな思いをさせるのかと言ったら、簡単に説得できたよ。父上はおまえに弱いからな」
 アルヴィースは眉をひそめてから、なにか思いついたようすで言った。
「なら、わたしもディースとの結婚を反対されなかったかな」
「正妃は父上が決めるのだから、それは無理だ。でも、妾妃にならできるだろう」
「妾妃か。考えてもみなかった。旅から帰ってきたら、ディースに言ってみよう」
「なぜ、今、言いにいかないんだ? 彼女だって安心するだろう」
 シグルズが聞く。
「旅から帰るまでもう会わないとゲンドゥルと約束したんだ。ゲンドゥルは絶対にわたしが約束を破ると思っているから、意地でも守ってやる」





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