ラグナレク
第二章 ガグンラーズの魔女・16 水晶に映し出されたフュルギヤは、血色もよく元気そうだった。とても食べ物が不足しているようには見えず、アルヴィースは浮かぬ顔をした。 かなり久しぶりにアルヴィースと会ったフュルギヤはかなりはしゃいでいた。思いついたことを片端から話していき、アルヴィースは彼女に生返事をしながら、本当はなにが起こっているのだろうと考えた。理由はわからないが、フュルギヤと話しているうちに、少しずつ切迫した気持ちになっていく。フュルギヤと話せるのは、これで最後になるかもしれないという思いがどんどん強くなる。 「魔物は食べていないだろうな」 もしかしてフュルギヤは、知らずに魔物を食べて魔物になりつつあるのだろうかと心配になったアルヴィースは、フュルギヤの言葉をさえぎって聞いた。フュルギヤは突然、なにを言うのかと目を丸くする。 「それはないわ。ちゃんと皆に魔物には毒があるから食べてはいけないって言ってあるし」 「それなら、なにを食べているんだ?」 「知らないけど、それがどうかしたの? 魔物じゃないことだけは確かよ」 「なぜ言いきれるんだ?」 「ナールがそう言ったもの」 「そうか。よほど信頼できる人物なんだな」 アルヴィースは言ったが、どことなく皮肉めいた響きがあった。 「そうよ。彼が国を治めてから、なにも悪いことが起こらないのよ。〈闇の妖精〉の王だってこないわ」 フュルギヤはアルヴィースにナールのよさをわかってもらおうとして言った。 「それはよかったな。そろそろアルスィオーヴと代わるよ」 アルヴィースは気のなさそうな返事をして席を立とうとしたが、フュルギヤが引きとめた。 「どうして急に、魔物を食べているなんて思ったの?」 「別に理由はないさ。なにも問題なく暮らしているんだろう。それなら、いいじゃないか」 アルヴィースはアルスィオーヴと交代してしまい、フュルギヤはなんだか、逃げられたように感じて眉をひそめる。 「お姫さん、今日も元気そうだね」 アルスィオーヴがいつもとかわらぬ調子で言う。 「ねぇ、どうして魔物を食べてるなんて、アルヴィースは言ったのかしら?」 フュルギヤは、アルスィオーヴにも同じ質問をした。 「ただの思いつきだろ。なにも問題がないんだから気にすんなって」 アルスィオーヴが、あまり関心がなさそうに答える。 「どうしてそんな言い方するの?」 「なにが?」 「あなたもゲンドゥルも、問題がなければそれでいいじゃないかって言うわ。それに今日はアルヴィースまで。なんだか、問題が起きているのにわたしが気づいてないみたい」 「そんなことないさ」 あらら、勘付いちゃったのねと思いながら、アルスィオーヴはとぼける。 「水晶でおれたちと連絡を取ってることも、だれにも気づかれてないんだろ」 「そうよ」 「それなら、なにも問題ないよ。心配するなって」 「ほら、また言う。なにかおかしいのよね」 納得がいかない顔でフュルギヤが言う。 「そうかい? おっとなんだよ」 アルスィオーヴはアルヴィースに押しのけられ、水晶からいなくなった。 「どうしても、言っておきたいんだ」 アルヴィースは、なにかに追いたてられるようにして言った。 「なにを?」 フュルギヤはなにを聞かされるのかと、身を堅くする。 「きみはわたしと結婚する気があるか」 アルヴィースが言い、彼の近くでなにかがはでにひっくり返る音が聞こえた。 「結婚って」 フュルギヤは予想外の言葉に驚きながら、アルヴィースを見返した。 「やはり、いやか」 アルヴィースに言われ、フュルギヤは慌てて首を横に振る。 「そんなわけないじゃない。ただ、あまりに突然だったから」 「ならば、三ヶ月だったら迎えに行く。それまではなにがあっても生き延びてくれ」 アルヴィースはそういうと真っ赤になったフュルギヤを残して、水晶から消えた。
フュルギヤはしばらく水晶の前でぼうっと座ったままでいた。少しずつ正気づいてくると、彼女はもっとも信頼しているナールにこの喜びを分かち合いたいと思ったが、それを話せばなぜそんな話がでたのかと、水晶を使ってファグラヴェール王国の魔道師と連絡をとっていたことまで話さなくてはならなくなると気づき、頬をふくらませた。ゲンドゥルに水晶のことを話してはならないときつく言われているため、こんなにも喜ばしいこともだれにも話せない。 しかたなく、人形を相手にアルヴィースが話したことを一言、一言を思い返していく。彼女はとても幸福な気分で人形とおしゃべりをしているうちに、アルヴィースが魔物を食べているのではないかと言っていたことを思い出した。 ナールが「わたしに任せておけば心配ない」と言うので、フュルギヤはなにを食べているのか知らなかった。魔物を食べていないのは確かだと思うが、だったらなにを食べているのだろう。 彼女は今度アルヴィースと話すときはなにを食べているのかちゃんと言えるようになっておこうと、食料を置いてあった部屋に確かめにいった。すると、食料はどこにもない。そういえば、ずいぶん前からここに食料はなかったと、ぼんやりと思い出す。 「部屋にあった食料はどこにいったの?」 夕食時、城の主だった者が集まるこの席で、フュルギヤはナールに聞いた。 「以前の部屋は保存場所に適さなかったので、別の部屋に移したのです。いったいどうして、急にそんなことが気になったのです?」 「別に理由なんてないわ。ただちょっと気になっただけ」 フュルギヤは、自分がアルヴィースと同じことを言っていると思いながらとぼけた。それから、スープの中に浮いているものをフォークでつつく。 「これ、穀物を肉に似せて作ったものだって言ったけど、どう見ても肉にしか見えないわね」 フュルギヤは、よくできているという意味で言ったが、テーブルについていた者たちが、ぎょっとしてフュルギヤのほうを見た。 「どうしたの?」 雰囲気を察して、フュルギヤが聞く。 「姫様が変なことを言うから、みなが、魔物の肉ではないかと疑ったのです。これは本当に穀物ですよ」 「わたし、どんな穀物を食べているのか知りたいわ。見せてくれない?」 「あなたは、そんなことは気にしなくていいのです。余計なことは考えないで食べてください」 ナールが幼い子供を叱るように言い、フュルギヤはどうして教えてくれないのだろうと思いながら、スープを平らげた。
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