ラグナレク
第三章 魔がひそむ城・7 前日、魔力をアルヴィースに貸して疲れきっていたフュルギヤは、一晩ぐっすりと眠ったおかげですっかりと元気になっていた。目が覚めるなり空腹を抱えてアルヴィースたちの部屋に行くが、アルヴィースはまだ眠っているらしく、アルスィオーヴに起きたら呼びにいくからそれまで自分の部屋で待っててくれと言われてしまった。 すぐに食料の問題を解決してほしかったフュルギヤは落胆したが、長旅の疲れがあるだろうからしかたないと自分を納得させる。 アルヴィースが目を覚ますまで、特別やることもないので広間にいる飢えた人々のようすを見にいこうかと考えたが、動けば動くほど空腹が堪え、自室でおとなしくしていることにした。 アルヴィースの生死が危うかったことを知らないフュルギヤはベッドに転がり、いつになったらアルヴィースが起きてくるのだろうと考える。 「姫、フュルギヤ姫。眠っているところを起こして悪いが、力を貸してほしい」 知らぬ間に眠ってしまったフュルギヤは、だれかに揺さぶられて目を開けた。アルヴィースの姿が目に入り飛び起きる。 「まあ、男の人が寝室に入ってくるなんて、失礼だわ」 フュルギヤは慌ててアルヴィースを両手で押して、寝室から追い出そうとした。困惑したアルヴィースが「婚約者もだめなのか」と言う。その言葉にフュルギヤはどぎまぎし、押すのをやめた。 「あなた、本当に結婚してくれるの?」 フュルギヤは実際に会って言われたうれしさに涙ぐんだ。 「わたしは、言ったことは守るさ。ところで、土が剥き出しになった地下室があるか」 感激するフュルギヤを思いやることもせず、アルヴィースはさらりと答えると簡単に話題をかえてしまった。フュルギヤは結婚話を肯定してくれたことへの喜びと、アルヴィースのつれない態度への不満とが混じった複雑な顔をする。 「わからないわ」 アルヴィースの問いに、ややぶっきらぼうに答える。 「なければ、手間が増えるな。せめて地下に土が剥き出しになった通路はないのか」 「あなたたちが入ってきた隠し通路がそうね。他にはないわ」 「しかたない。そこの通路を魔道で広げるか。手伝ってくれ。また、きみの力を使わせてもらう」 アルヴィースは先だって通路に行ってしまい、フュルギヤはもう少しやさしい言葉をかけてくれればいいのにと思いながら後について行った。
地下通路はもともとあった洞窟に少しだけ手を加えたものらしく、必要以上に天井が高かった。床は人が一人通れる幅だけ平面となっていたが、壁のほうはまったく手を加えられず自然のままの姿を保っていた。湿気が多く、いたるところに黴が生えている。 「最悪な環境だな」 地下通路を調べてまわったアルヴィースは独りごち、フュルギヤを見る。 「姫、ここの床は土ではなく、岩じゃないか」 アルヴィースに責めるように言われ、フュルギヤは困った顔をする。 「そんなこと、言われたって」 「まぁいい。岩盤を砕くのは骨だが、簡単に崩れる心配のない場所だとも言える」 アルヴィースは頭を軽く振り、フュルギヤに手を差し出した。フュルギヤはなにをするつもりなのかと、アルヴィースの顔を見る。 「また魔力を貸してくれ」 「いいけど、なにをするつもりなの?」 「見ていればわかる」 アルヴィースはフュルギヤの手をつかむと、両手を軽く広げた。フュルギヤはできるだけアルヴィースに協力しようと、多くの魔力がアルヴィースへと流れていくように精神を集中させた。 アルヴィースの唱える呪文とともに、岩が割れ始めた。地震が起きたと思えるほどに大地が揺れる。壁や床、天井に亀裂が入り、塵が舞った。耳が痛むほどの音を立てて、天井が落ち、壁が崩れる。 フュルギヤは逃げるまもなく瓦礫につぶされるものと身を堅くしたが、塵ひとつ、二人のそばに落ちてこない。よく見ると、見えない壁にさえぎられて、岩がはね返っている。この地下の崩壊が世界の滅びであるかのように感じられ、フュルギヤは恐ろしくなった。早く終わらせてくれないかとアルヴィースを見るが、彼は無心に呪文を唱えている。 とてつもなく長く感じられた崩壊がやっと終ったとき、フュルギヤたちは見えない壁に守られながらも瓦礫に埋もれていた。フュルギヤがどうやって出るのかと心配していると、アルヴィースは別の呪文を唱え始めた。 無数の重く硬い物が動く音が、地下に響き渡る。フュルギヤはなにが起きているのだろうと思ったが、瓦礫に埋もれているため周囲を見ることができない。 やがて、見えない壁を覆っていた岩がなくなり、音の正体がわかった。瓦礫が宙を飛び、長い通路の奥へと移動している。 辺りを埋め尽くしていた瓦礫がすっかりとなくなると、舞踏会ができそうなほどの広間ができあがった。地面には岩がなくなり、土が剥き出しとなっている。 「あまり岩盤が厚くなくて、よかったよ」 アルヴィースは、呪文を唱えるのをやめて言った。 「すごいわ。でも、こんなことをしてどうするの?」 フュルギヤの質問にアルヴィースはにやりとする。 「次は土を柔らかくする」 アルヴィースの呪文に合わせて、地面が脈打ち始めた。嵐の中の湖のように土がうねり、波打つ。土しぶきが飛び散っては、大地に融合し、再び飛び散る。 「次は結界だ」 土が魔道によってかき混ぜられ柔らかくなると、アルヴィースはフュルギヤから手を離し自分の髪をばっさりと切った。 「まぁ、なんてことをするの」 驚くフュルギヤをよそに、アルヴィースは切った髪を掲げた。主から切り離された長い髪が天井や壁、地面へと吸い込まれていく。 「あと少しで終わりだ。気分が悪いか?」 魔力を消耗し、疲れた顔をしているフュルギヤに聞く。 「まだ平気よ」 アルヴィースは強がるフュルギヤから魔力を借りると、天井を輝やかせた。太陽が現れたように光が燦々と振り注ぐ。 「とりあえずはこれでいい。休んでくれ」 フュルギヤはよほど疲れていたらしく、アルヴィースに言われるなり、地面に座りこんだ。アルヴィースは彼女が休んでいる間に、ファグラヴェール王国から持ってきた袋から種を出し、魔道を使って均等に蒔いた。種が自ら土の中にもぐっていく。 「やっとわかったわ。ここで作物を育てるのね」 フュルギヤは立ちあがって、アルヴィースの手を取った。 「後は、魔道で早く育つようにするんでしょ」 「珍しく先を見通したな」 アルヴィースが笑みを浮かべて言う。 「ひどいわ。さあ、早く育てましょう」 フュルギヤが握った手を振ってせかす。 「そんなに急ぐことはないさ。もう少し休んでからにしよう」 「いやよ。今にも飢え死にしそうなんだから」 青い顔をしながらもフュルギヤは言い、アルヴィースは「そうだな」とうなずいた。 アルヴィースが魔道を始めると、いたるところから芽が顔を出した。それらは瞬く間に茎を伸ばし、葉を茂らせ実をならすと枯れていった。フュルギヤが、アルヴィースが呪文を間違えたのかと仰天する。 ところがそれで終わりではなかった。枯れた草木から取れた種が、前回以上の芽を出し成長していく。アルヴィースは何度も種を収穫しては育てることを繰り返し、洞窟中に草木が広がるまで増やすと呪文を唱えるのをやめた。 「これでいい」 アルヴィースの作り上げた菜園は、地下であることを忘れさせるほどのものだった。柔らかな日差しが降り注ぐ春のような陽気の中で、すべての草木が実をならして、収穫を待っている。 「実は三分の一は残すようにするんだ。そうでないと、新たな芽が出なくなってしまう」 アルヴィースはフュルギヤに忠告したが、彼女は聞いていなかった。頭を後ろにのけぞらせるとそのまま倒れてしまう。 よほど疲れたんだなとアルヴィースも壁にふらふらと寄りかかり、座りこんだ。フュルギヤから魔力を借りていたとはいえ、まったく自分の魔力を使わなかったわけではない。どっと疲れが押し寄せてくる。 「ああ、まともな食いもんだ。お、麦も葡萄もある。ハーブもあるし、豆も芋もある。いたれりつくせりじゃんか」 アルヴィースになにが起きているのか教えてもらおうと城中、探し回っていたアルスィオーヴは、地下にできた菜園を目の当たりにして歓声をあげた。すぐさま、手近にあったりんごをもぎとりかじる。 「まったく、こんなところにいたのか。おまえさぁ、地震を起こすなら、起こすって言ってくれよ。驚くじゃねぇか」 彼はもうひとつりんごをとって、座りこんだままのアルヴィースに渡した。一口かじったアルヴィースは味が悪いとぼやく。 「やはり土壌が悪いとだめだな」 「文句言うなって。食べれるだけでもいいじゃんか」 いつもは文句を言う側のアルスィオーヴがいつも言われていることを言い、アルヴィースは苦笑した。 「ありゃ、お姫さんどうした? 大丈夫か」 アルヴィースの隣に倒れているフュルギヤに気づき、アルスィオーヴが心配する。 「疲れただけさ。食べてからでいいから、彼女を部屋に連れていってくれないか」 「いいぜ。おまえ、なんで髪を切っちまったんだ?」 りんごを食べながら、アルスィオーヴは言った。 「呪文を強めるのに使ったのさ」 「ふぅん。きれいな髪だったのにもったいない」 アルスィオーヴは菜園に入っていき、葡萄を摘みだした。 「これを広間の連中に食わせてやろうぜ。いきなり重いもん食わしても胃が受けつけないだろうからさ」 「やはり、ここにいたのか」 そこへアルスィオーヴと同じく、アルヴィースを探していたシグルズが現れた。 「あ、わりい。見つかったって言いにいくの忘れてた」 葡萄を抱えこんだアルスィオーヴが言う。 「気にするな。振動は真下からきたから、たぶん、ここだろうと見当がついていた」 シグルズはアルスィオーヴに言い、アルヴィースに向いて「髪をどうした?」と聞いた。アルヴィースはうるさそうに、アルスィオーヴに答えたときと同じことを言う。 「姫は大丈夫か?」 シグルズは倒れたフュルギヤを見つけて、またアルスイオーヴと同じ質問をした。 「ちょっと疲れただけさ。兄上もなにか食べたらどうだ」 「そうさせてもらうよ」 シグルズは、アルスィオーヴが投げてよこした葡萄を受取り口にする。よほど空腹だったと見え、すぐに平らげてしまい次の食べ物を取りに菜園の中に入っていった。 腹を満たしている二人を見ていたアルヴィースは思い出したように袋から小瓶を取りだし、その中から数匹の蜜蜂をだした。蜜蜂はアルヴィースの手の平で死んだように動かなかったが、アルヴィースが息を吹きかけると羽を震わせて飛びあがる。 「殺さないようにしてくれ。彼らが植物の成長を助けて、蜂蜜を作ってくれる」 「やった。そのうち、蜜酒が作れるっ」 アルスィオーヴが、拳を握り締めて喜ぶ。 「おまえも部屋に行って、休んだらどうだ」 食べ終わったシグルズが、フュルギヤを部屋で休ませてやろうと抱き上げて言う。 「もうしばらく、ここにいるよ。《アルフヘイム》を思い出して、居心地がいいんだ」 アルヴィースはけだるそうに答えた。
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