ラグナレク
第五章 黄昏の世界・4 地下の菜園から出ると、城の外から魔物たちの咆哮が聞こえてきた。またも結界の穴から、入ってきたのだろう。体当たりで城の外壁を崩そうとしているのか、重い物が岩にぶつかる音とともに城が何度も揺れる。 「結界を直したほうがよさそうだな」 体力が戻ったアルヴィースは外に出ようとしたが、シグルズが止めた。 「たいした魔物じゃない。わたしが始末しておくよ」 この申し出にアルヴィースは片眉をあげ言い返そうと口を開いたが、突然、顔色を変えた。魔物たちがたてる騒々しい音が急に遠のいていく。 「やはり、やってくれたな。いますぐ、城を出るぞ」 アルヴイースはどこか遠くを見ているような目つきで言うなり、廊下を駆け出した。残された者たちがあっけにとられる。 「早く来い。怒り狂った運命の女神たち(ノルニル)がこっちにくるんだ」 もたもたしているシグルズたちを、振り向き様アルヴィースは怒鳴った。 「〈闇の妖精〉の王のやつ、おれたちのせいになるように《ウルズの泉》を盗んだのか」 アルスィオーヴはこれは大変とアルヴィースの後に続いた。事情がよくわかっていないシグルズとフュルギヤも慌ててついていく。
「どうしたの?」 居間から出ないようにシグルズに言われ、その通りにしていたローニは、やってくるなり荷物をまとめはじめたアルヴィースに聞いた。 「お別れだ。いますぐここを出て行く」 ローニは目を大きく開きうるませた。 「いやだ、一緒にいくよ」 アルヴィースの服をつかんで必死になって頼むが、アルヴィースは厳しい声でだめだと言うばかりだった。 「アルスィ、一緒に行ってもいいよね」 アルスィオーヴが居間にやってくると、今度は彼にしがみついて、ローニは言った。 「それはだめだって言ったろう」 アルスィオーヴは困惑顔で答えた。 「連れて行きたいのはやまやまだけどさ、おれたちが行くのは、危ないとこなんだ。この城にいたほうが安全なんだ。それにおまえが残らなきゃ、大部屋の連中の面倒をだれが見るんだよ。おまえが菜園の場所とか教えてやりな」 「いやだよぉ」 ローニは大声で泣き出した。 「ローニ、ちゃんと戻ってくるから、泣くんじゃない」 頭をなでてやりながら、アルスィオーヴは途方に暮れた。アルヴィースがそれを見て言う。 「アルスィは、ここに残ればいい。たぶん、運命の女神たち(ノルニル)の狙いはわたしだけだ。それに《スヴィルトアルフヘイム》へは、姫がいれば十分だから、兄上もここに残ってくれ。わざわざ危険な目にあいにいく必要はない」 「冗談じゃない」 アルスィオーヴとシグルズが声をそろえて叫んだ。 「わたしが足手まといになるとでも言うのか。それにこの城の者たちは、わたしたちが出て行くことを望んでいる」 「そうそう。おれが残りたいって言ったって、ここの連中が許さねぇよ」 アルスィオーヴは言い、ローニを引き離した。 「絶対に戻ってくるって言ってるんだからさ、おれを困らせないで、おとなしく待っててくれよ。そんなに聞き分けのないローニは嫌いだぜ」 ローニは大粒の涙をこぼし鼻をすすりながら、アルスィオーヴを見上げた。 「そんなのやだよ」 「ローニ、きみを弟子にしてやろう」 唐突にアルヴィースが言い、魔道の書をローニに渡した。 「きみは魔道士になりたいんだろう。最初の修業をさせてやろう。我々が戻ってくるまでにこの本を全部読んでおくんだ。きみが本当に魔道をやりたいのなら、自然とこの本が読めるようになる。それともきみには無理かな」 「できるよっ」 ローニは認めてもらおうと力をこめて言う。 「よし。だったら勉強しながら、私たちを待っていてくれ。戻ってきたら、魔道士見習いとしてわたしの手伝いをしてもらう」 「本当?」 期待に目を輝かせてローニが言う。 「いや、いまから手伝ってもらおうか」 「やるっ」 ローニは元気づいてアルヴィースの顔を見上げた。 「じきに運命の女神たち(ノルニル)がここにくるだろう。きみはいますぐ、菜園に行って隠れてくれ。神々がいなくなったら、そこから出て怪我人たちを菜園に連れていくんだ。あそこが一番結界が強いから、魔物が入ってくることもない。わたしたちが戻ってくるまで、そこで暮らすんだ」 「なんだ、そんなことか」 ローニが落胆して言う。 「そんなことを言っていいのかな。城の人々の命はきみにかかってるんだぞ。きみはたった一人で、彼らを守らなきゃならないんだ。それができるか」 「できるよ」 意気込んで答える。 「それから、魔道の書を読んでいるところを連中に見つかるんじゃないぞ。これはきみには難しいかな」 「ちっとも難しくないよ」 「なら、やってみせてくれ。いますぐ、菜園に行くんだ」 ローニは勇ましく口を引き結び魔道の書をしっかりと抱きしめると、言われたとおり、部屋を出ようとして振り向いた。 「絶対に戻ってくるよね」 アルスィオーヴに向かって言う。 「当たり前さ」 「戻ってきたら、また剣を教えてよね」 今度はシグルズに向かって言い、シグルズはうなずいた。最後にアルヴィースと視線を合わせると、なにも言わずに駆け出して行った。 「うまいこと言いくるめたな。おまえがそんなに口がうまいとは思わなかったよ」 アルスィオーヴが関心して言う。 「人聞きの悪い言い方をするな。あの子は本当に魔道の才能があるんだ。姫と大違いだよ」 「それ、お姫さんが聞いたら、泣くぜ」 「姫はどうした?」 アルヴィースは居間にフュルギヤの姿がないことに気づいてアルスィオーヴに聞く。 「自分の部屋で荷物まとめてるよ。終わったら、こっちにくるはずなんだけど」 「遅いな。迎えに行こう」 そのとき、強い光が窓から射しこみ、全員の目をくらませた。アルヴィースが頭を押さえ足をふらつかせ、壁に寄りかかる。 「大丈夫か」 シグルズが目を瞬かせながら声をかける。 「城を覆っていた結界が消された。すぐにここを出よう。神が相手ではかなわない」 アルヴィースは頭を振ると、荷物を持って駆け出した。
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