ラグナレク
第六章 滅びの時・5 「〈闇の妖精〉に知り合いなんかいねぇよ」 アルスィオーヴは彼を助けた〈闇の妖精〉に、そうは言ったもののどこかで彼と会ったような気がしてならなかった。彼があまりにもアルヴィースと似ているからかもしれない。だが、彼はアルヴィースより背が高く肩幅も広く、顔も凛々しかった。これで髪の色が金色で目が若緑色ならば、アルヴィースというより彼の兄のギースルにそっくりだ。 「〈光の妖精〉にならいたろう」 〈闇の妖精〉は言い、シグルズは不思議そうな顔をして「ギースルか?」と尋ねる。 「そんなわけねぇだろ。あんなお高く止まったやろうが死んだって〈闇の妖精〉になるわけないだろ」 アルスィオーヴが言う。 「お高く止まっていて悪かったな」 〈闇の妖精〉は気分を害して言うと、全身から光を放った。髪が銀から金に変わり、目の色も黒から若緑色に変わると見慣れたギースルの姿になる。アルスィオーヴが「げっ、ほんとにギースルだ」と驚く。 「あんた、なんで、両方になれるんだよ」 「それをこれから話すんだ」 ギースルは冷やかに言い、荷物から薬を取り出すとシグルズへ投げた。 「その馬鹿者の傷に塗ってやれ」 アルスィオーヴが怪我をしている胸や足をかばっているのに気づいていたギースルは言った。 「毒が入ってるんじゃねぇのか」 アルスィオーヴが疑う。 「おまえを殺す気なら、助けたりはしない」 それから、ギースルは深いため息をついた。 「〈闇の妖精〉に変わったというだけで、みなこうまで態度が変わる」 悲しげに言い、彼は岩の上に腰を下ろした。 「だれも信じてはくれないだろうが、わたしは《アルフヘイム》を裏切ってはいない」 「訳を話してくれないか」 シグルズは言ったが、ギースルは苦悩に満ちた目をそらし、違うことを言った。 「アルヴィースはどうした?」 「はぐれてしまった。たぶん、フュルギヤ姫と一緒だろう」 「フュルギヤ姫?」 「あん、あんた、知らないのかよ。お姫さんは〈守る者〉で、あの忌々しい〈闇の妖精〉の王とガグンラーズの王妃の子どもだよ」 「なんだとっ。妹まで巻き込んだのか」 ギースルは急に立ちあがって言い、アルスィオーヴたちを驚かせた。 「妹?」 思わず、声をそろえて聞き返す。ギースルは口がすべったことを悔やみ、立ち去ろうとした。 「おい、こら、思わせぶりなことを言っておいて逃げるな。ちゃんと事情を話せよ」 アルスィオーヴが叫ぶ。 「アルヴィースに話す」 「彼を探しているのなら目的は同じだ。ともに行こう」 シグルズが言った。 「わたしが〈闇の妖精〉とわかっていて言うのか」 ギースルは意外そうな顔して聞く。 「だから、なんでそうなったのか話すんじゃなかったのかよ。なんでお姫さんがあんたの妹なんだよ」 言ってから、アルスィオーヴははっとした。 「まてよ。アルヴィースの父親はシグムンドで母親はレギンレイブだよな。あんたの母親もレギンレイブだけど、父親はだれだ? 聞いたことがないぞ」 「そこまで知っているのなら、わかるだろう」 ギースルはつらそうに言った。 「わたしの父はアーナルだ」
「光と闇の血を引く妖精なんて聞いたことねよ」 アルスィオーヴは言った。 「どちらの種族も血が混じることを恥じる。血が混じった者は殺されるか、隠して生き延びるしかない」 「で、あんたは隠してたってわけか。うまく隠してたよ。〈光の妖精〉にしか見えなかった」 「〈光の妖精〉でいるときは、本当に〈光の妖精〉なんだ。他の者たちと違うのは、〈闇の妖精〉にもなれるということだけだ。〈光の妖精〉の王と王子たちだけが、わたしの血が混じっていることを知っていて、いつわたしが〈闇の妖精〉になり裏切るのかと疑心暗鬼になっていた。アルヴィースを助けるために《ミッドガルド(人間の世界)》にきたとき、兵士がわたしを捕らえにきたのもそのせいだ。ほうっておけばわたしが裏切り、アルヴィースを〈闇の妖精〉の王に引き渡すかもしれないと考えたんだ。そしてわたしは〈光の妖精〉の王に逆らい、軍を動かしアルヴィースを助けたとして牢に入れられた」 「アルヴィースはずっと心配していた」 シグルズはアルヴィースがよく海へ行き、その彼方にある《アルフヘイム》を見ていたことを思い出して言った。 「わたしとてそばにいてやりたかったさ。地震が起きた時、牢に外へ繋がる亀裂ができ、わたしはそこから逃げることができた。《アルフヘイム》の者たちに見つかれば、裏切り者として殺されるだろう」 「兄弟そろって大変なこっちゃ」 アルスィオーヴが言う。 「アルヴィースはわたしたちの巻き添えになったんだ。いつ出会ったのかは知らないが、父と母は《アルフヘイム(光の妖精の世界)》と《スヴァルトアルフヘイム(闇の妖精の世界)》の間にある平原で、雲が太陽の光を隠しているがまったくの闇でもない曇った日にいつも会っていた。あの頃の父は今のように憎しみにとらわれていなかった。やさしくて思いやりに溢れ、ふたつの種族がともに暮らせるようになればいいと考えていたんだ。やがて、わたしが生まれ、《アルフヘイム》の者たちが父親はだれだと言い出した。母はけっして言わなかったが、ついに〈光の妖精〉の王に父と会っている所を見つかってしまった。〈光の妖精〉の王は二度と会わせぬと無理やり父と母を引き離し、怒った父は母が他の男の子どもを宿すようなことになれば、その子は〈滅ぼす者〉になるだろうと呪いをかけた。 それ以来、父は二人を引き離した〈光の妖精〉の王ばかりか〈光の妖精〉すべてを憎悪するようになった。〈光の妖精〉の王が守る《アルフヘイム》から出る者があれば必ず攻撃し、隙あらば《アルフヘイム》にも攻撃してきた。 母のほうは、遠くから父の姿を見ることができるかもしれないと、それまで住んでいた宮殿を出て、父と会っていた場所の近くに移り住んでいた。〈光の妖精〉の王はそんな母を怒って、二度と帰ってくるなと宮殿から追放してしまったが、母は少しも気にしていないようだったな。 その後のことは知っているだろう。母はシグムンド王と出会いアルヴィースを宿したが、シグムンド王を国に帰すため、子ができたことはだれにも言わなかった。やがてアルヴィースが生まれ、〈光の妖精〉の王は驚き慌ててアルヴィースに呪いを封じ込める魔法をかけたが、アルヴィースは竜に襲われ《ミッドガルド(人間の世界)》に連れさらわれてしまった。それまでアルヴィースに罪はないとかばってきた母は死に、〈光の妖精〉の王はたとえアルヴィースが無事帰ってきても、いずれまたなにか問題が起きるに違いないと考え、アルヴィースを見捨て追放してしまったんだ」 「あのとき、そんなことは言わなかったな」 シグルズは最後にギースルと会ったときのことを思い出して言った。 「これだけのことを話す時間がなかった」 「アルヴィースは知っているのか」 深刻な顔をしてシグルズは聞いた。 「知らない。もう少し大きくなってから話そうと考えていたのが間違いだった」 ギースルが悔やんで言う。 「アルヴィースは〈闇の妖精〉の王を呪いを解くために殺す気だぜ。あんた、止める気か」 アルスィオーヴが聞く。 「いや、ただ他に方法があればいいとは思う」 重い口調でギースルが答える。しばらく沈黙が続き、アルスィオーヴが重苦しくなった空気を変えようとして言った。 「さあ、そろそろ行こうぜ。また死者に襲われたら大変だ。この近くにまだいるのか?」 「いや、さっきのはわたしを追ってきた連中だ。死者たちの行進に出くわしてしまってね。馬を奪って逃げてきたんだ。この辺にはいない」 「なんだって。あんたのせいかよ」 アルスィオーヴは思わず叫んだ。 「だから助けてやった」 「偉そうに言うなよ」 険悪な雰囲気になりかけ、すかさずシグルズは言った。 「とにかく、きみに会えてよかった。一緒にアルヴィースを探そう」
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