ラグナレク・6−6

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ラグナレク


第六章 滅びの時・6



 すでに数日が過ぎてしまっていた。《スヴァルトアルフヘイム》が近いことはわかっていたが、天然の洞窟は曲がりくねり、地震が起きるたびに落盤によって行く先が塞がれてしまうため、遠回りをしたりきた道を戻ったりしなければならなかった。
「もう歩けないわ」
 少し広い洞窟にでたところで、フュルギヤは根をあげて座り込んだ。地下は静かで襲ってくる存在がなにもなかったが、アルヴィースがあまり休もうとしないため、すっかり疲れてしまっていた。アルヴィース自身も無理をしているためか、《ウルズの泉》の効果が切れかかっているのか、疲れた顔をしている。
「あなただって、休んだほうがいいわ。お願い休みましょう」
 もう足が動かなかった。だめだと言われても、もう動けない。アルヴィースが足を止めなければ、置いていかれるしかなかった。
 フュルギヤがほっとしたことに、アルヴィースは彼女の横に腰を下ろした。
「食事をして、一眠りしよう。かなり《スヴァルトアルフヘイム》に近づいてきているはずだ。明日中につけるかもしれない」
「いよいよね。なんだか怖くなってきたわ」
 するとアルヴィースは黙ってフュルギヤの肩に腕を回し、フュルギヤは彼によりかかった。
「魔道の勉強、途中になっちゃったわ」
 フュルギヤはまだ魔力を使いこなせるようになっていないことを思い出して言った。
「魔道を中途半端に知っていると魔法を使うさまたげになるんだ。習ったことは全部忘れてくれ。もっともきみは少しも魔道が頭に入っていないから、忘れる必要もないか」
「ひどいわ」
 フュルギヤはむっとし、アルヴィースは弁解するように言った。
「きみの魔法はあてにいる」
「でも、まだ使い方がよくわからないの」
「魔法はだれかに教わるものじゃない。魔法が働くのを邪魔していた〈闇の妖精〉の王の封印が解けたんだ。自然に使えるようになるさ」
「そうだといいけど」
 フュルギヤは眠りやすいように、アルヴィースに寄りかかりなおした。
「あなたも眠ったほうがいいわ」
「そうする」
 アルヴィースは開いたほうの手で、印を結ぶと簡単な結界をつくった。
「ここにきてから一度も、襲われたことがないわ。結界を作る必要なんてあるの?」
「姫、油断をした途端、〈闇の妖精〉の王はなにかを仕掛けてくる。用心するに越したことはないよ」

 


 ふいにアルヴィースが動き、フュルギヤは目を覚ました。アルヴィースは口をきかないように身振りで示すと、横穴に入っていった。横穴の先には大きな洞窟があった。横穴の出口はその洞窟の上方にあり、腹ばいになって下を覗くと、死者たちの行進が見えた。フュルギヤも後からやってきて、同じ姿勢になる。
「《ニブルヘル》軍だ。これから地上を襲いに行くんだ」
 声を低めて、フュルギヤに教える。二人がゆっくりときた道を戻ろうとしたとき、地震が起きた。アルヴィースの下の地面が崩れ、彼は横穴の端にぶらさがった。フュルギヤはつい悲鳴をあげてしまい、後悔した。広い洞窟にいた死者たちが気づいて上を見上げる。彼らはアルヴィースを襲おうとしたが、横穴は切り立った壁の上部にあるため、そこまで登ることはできなかった。アルヴィースはなんなく横穴によじ登り、フュルギヤはほっとした。
「逃げよう」
 アルヴィースが立ちあがったとき、ナグルファルの船が近くを通った。甲板は横穴とほぼ同じ高さにあり、船に乗っている死者たちが二人を捕まえようとしたが、距離があるため届かなかった。
「我が僕よ。〈滅ぼす者〉よ」
 上甲板から声が聞こえ、アルヴィースはぎょっとして足を止めた。炎の神ロプトが彼を見ていた。
「そんなところで、なにをしている。世界を滅ぼせ。世界を焼き尽くせ」
 ロプトがアルヴィースを指差すと、線となった炎がアルヴィースの額を直撃し彼は倒れた。
「滅ぼせ、滅ぼせ、すべて滅ぼせ。世界をぜんぶ、滅ぼしちまえ」
 ロプトは楽しげに笑いながら通り過ぎて行った。

 


「アルヴィース、アルヴィース」
 フュルギヤは意識のないアルヴィースを横穴の奥までひきずってから、身体を揺さぶすった。炎があたった額に傷はなく、気を失っているだけのようだった。すぐにアルヴィースは意識を取り戻し、目を開ける。
「よかった。殺されたかと思ったわ」
 フュルギヤはほっとして言う。
「封印が解けた」
 アルヴィースは額に手を触れ、いつもより低い声でぼんやりと言った。
「封印? あなたも封印されていたの?」
「そうだ、わたしはずっと閉じ込められていた。忌々しいアルヴィースめ。あいつは何者だ。わたしを封じ込め、わたしになりかわってわたしの体を操っていた。まったく腹立たしい」
 うわ言のように言い、フュルギヤは眉をひそめた。
「アルヴィース、なにを言っているの?」
「わたしはヴィズルだ。アルヴィースはもういない」
 ヴィズルは起きあがり、フュルギヤの腕をきつくつかんで言った。フュルギヤは彼の目の中に冷たい邪悪な光を見つけ、ぞっとした。
「離して。あなたはアルヴィースじゃないわ」
「だから違うと言っているだろう」
 ヴィズルは、フュルギヤの腕をひっぱって無理やり歩かせた。
「痛いわ、離して。アルヴィース、助けて」
「その名を口にするな」
 ヴィズルはフュルギヤの頬を叩き、首をしめる。
「今度その名を呼んだら、殺してやる。わかったな」
 フュルギヤがうなずくと手を離し、またフュルギヤの腕を乱暴にひっぱりながら歩きだした。フュルギヤはマントの下で、そっと短剣を握り締める。
「その剣は、確実に相手を殺す。わたしを殺せばわたしの中にいるあいつも死ぬぞ」
 ヴィズルが剣の一撃を防ぐ銀のペンダントをはずして言い、フュルギヤが短剣から手を離すと、くくっと笑った。
「よほどあいつに惚れているな。あいつに母親の言葉と勘違いさせ、結婚しようなどと言わせたのはわたしなのに」
 再びペンダントを首にかけながら言う。
「なんですって」
「あいつに閉じ込められてはいたが、少しだけわたしはあいつに力を及ぼすことができたのさ。〈闇の妖精〉の血をひく者に結婚しようなどと言うなんて、あいつにはどうしてだかわからなかったろうよ。おまえに生き延びるように言ったのもわたしだ。おまえに死なれては困るからな」
「どうしてそんなことを」
「おまえは、〈闇の妖精〉の王の娘だ。おまえと結婚すれば、わたしは《スヴァルトアルフヘイム》の王位継承者になれる」
「そんなことで」
「そんなことだと。おまえは自分の血に感謝するんだな。その血のおかげでわたしは婚姻がすむまで生かしてやるのだからな」
「あなたと結婚なんかしないわ」
「おまえがなんと言おうと、〈闇の妖精〉の王はわたしによこすだろうよ。あいつだって、それを望んでいたのだからな」
 フュルギヤはヴィズルがアルヴィースに戻ってくれることを切望しながら、ヴィズルに連れていかれた。





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