ラグナレク
第六章 滅びの時・14 アルスィオーヴはフュルギヤの意識が戻る前に〈闇の妖精〉に襲われることを危惧していたが、宮殿に人気はなくなにも襲ってはこなかった。ヴィズルが意識を失ったためか、いたるところで燃えていた火は自然に鎮火していたが、ときおり大きな地震が起こり、そのたびに天井が落ち、柱が砕けた。宮殿が倒壊するのは時間の問題だ。ここに住んでいた〈闇の妖精〉は、そうなることを知っていてとっくに避難してしまったのかもしれない。 アルスィオーヴもすぐにフュルギヤたちを連れて外に出たかったが、心の中に入りこんでいる最中に動かすのは危険だった。二人が瓦礫の下敷きにならないようにがっしりとした家具を見つけてきて、二人の周囲を囲んでいると、階段の上でこちらをうかがっている〈闇の妖精〉がいるのに気づいた。〈闇の妖精〉は黒に近い赤い目とわずかに赤みがかった髪をしたフュルギヤと同じくらいの歳の少女だった。 「そんなところにいちゃ危ないぞ」 アルスィオーヴは少女が危険ではないと判断して声をかけた。 「おれは、あんたにはなにもしないよ。だからあんたもなにもしないでくれ」 アルスィオーヴは言い、少女は用心しながら階段を降りてきた。 「姫様をどうしたの?」 少女は言った。 「今、魔法を使ってる最中だから、動かしたりしないでくれ。そのうち目を覚ますから」 少女はフュルギヤの顔をのぞきこむと、納得したようすでうなずいた。 「おまえの言っていることは本当のようね」 「嘘なんか言わないよ。ところでどうしてあんただけ、この宮殿にいたんだ」 「わたしはフュルギヤ姫の侍女よ。姫のおそばを離れるわけにはいかないわ」 少女はアルスィオーヴを警戒しながら言った。 「ほかの連中はどうした?」 「避難したわ。でも、避難先はあなたには教えない」 「聞かないよ。なんでわざわざ〈闇の妖精〉が集まっているところに行くなんて思うんだ。おれはいますぐ、〈闇の妖精〉のいない安全なところに行きたいよ」 「なら、なぜ、こんなところにいるの?」 「二人を置いていけないだろ」 少女は「そうね」と答え、アルスィオーヴの顔をじっくりと見た。 「フュルギヤ姫が言っていた長い黒髪の調子のよい男というのは、おまえのことね」 「おれの話で盛りあがったわけか。いい男はつらいねぇ」 アルスィオーヴがにやにやして言い、少女はあきれた顔をした。 「そんな男を見かけなかったかと聞かれただけよ。あなたが〈闇の妖精〉でなくてよかったわ」 少女は言い、ヴィズルのほうへ目を向けた。 「きれいね。こちらは〈闇の妖精〉でないのが残念だわ」 ため息混じりに言う。 「でも、ひどい怪我。なぜ、手当てをしないの?」 「こいつがアルヴィースならしたいけど、ヴィズルならやりたくないね」 アルスィオーヴは言い、少女は首を傾げた。 「いろいろとややこしい話があるんだ。とにかく、お姫さんが目を覚ましてから、手当てするかどうか決めるよ」 少女はヴィズルを熱いまなざしで見つめ、また「〈闇の妖精〉だったらいいのに」と呟いた。アルスィオーヴはおやおやと思った。少女はアルヴィースと同じ火の精だった。同じ質の力を持っていると仲間意識が生まれやすいため、相手が〈光の妖精〉であっても、惹かれてしまうのだろう。 なんの前触れもなく、フュルギヤが意識を取り戻し起きあがった。アルスィオーヴがうれしそうに「やっと戻ってきたな」と言う。 「ヴィズルは死んだわ。今はアルヴィースよ」 フュルギヤは頭を押えながら言った。心の中に入った上に、アルヴィースに力を貸したため、気を失いそうなほどに疲れていた。少女がフュルギヤが倒れないように支えたが、フュルギヤは気づいてもいなかった。 「手当てはしないの?」 少女がアルスィオーヴに聞き、フュルギヤは彼女に気づいた。 「まぁ、ヴィーナ、よかった。無事だったのね」 肩越しにヴィーナの顔を見て言う。 「先に外に出よう。ここは危険だ」 アルスィオーヴはまだ意識の戻らないアルヴィースを担ぎ、外に出た。
「げっ、まだ戦ってら」 宮殿の前で黒竜と戦っているシグルズを見てアルスィオーヴは言ってから、すでに倒された黒竜が二匹いることに気づいた。 「こんなにいたのかよ」 アルスィオーヴは一人でよく戦っていたなと感嘆しながら言った。最後の黒竜はいたるところから血を流していたが、絶命するまでにはいたっていないかった。 黒竜がアルスィオーヴたちに気づき、口を大きくあげた。シグルズはすばやく剣を横になぎ、口をふたつに切り裂いた。黒竜は倒れ痙攣したが、すぐに動かなくなった。 「あんた、すごいね」 アルスィオーヴが声をかけると、シグルズは疲れたようすで「愚鈍な種類だったからな」と答えた。 「アルヴィースか」 剣を納めたシグルズは、意識のないアルヴィースを見てアルスィオーヴに聞いた。 「そうだよ。早く逃げようぜ。ここは危険だ」 「わたしが運ぼう」 シグルズはアルヴィースを受取り、眉をひそめた。急いで鼓動を確かめる。 「なんだよ。死んじまったのかよ」 アルスィオーヴが言い、フュルギヤとヴィーナは蒼白になった。 「いや、まだ生きている」 シグルズはアルヴィースの怪我を調べながら険しい顔で言った。 「びっくりさせんなよ」 「だが、もうもたないだろう。全身傷だらけで、深い傷が多すぎる。胸の傷など背中に突き抜けているんだ。刺されたときに死ななかったのが不思議なくらいだ」 悲しげな顔をしてシグルズは、アルヴィースの顔にふれた。 「アルヴィースは、ぜったい死んだりしないわ」 フュルギヤは叫んだ。 「傷の手当てをしましょう。わたし、薬をとってきます」 ヴィーナは宮殿に戻ろうとし、シグルズが止めた。 「宮殿はもうすぐ崩れる。それに手当てをしても無駄だ」 「そんな。こいつが待つなんて言ったから、手遅れになってしまったんだわ」 ヴィーナはアルスィオーヴを指差して怒った。 「おれのせいにするなよ。ヴィズルを手当てしてたら、大変なことになったんだぜ」 「せめて、息のあるうちにギースルに会わせてやろう」 シグルズは、アルヴィースを抱き上げて言った。 「そういや、あいつ、生きてるかな」 アルスィオーヴは言い、ギースルが立ち去った方角へ走り出した。
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