ラグナレク・6−15

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ラグナレク


第六章 滅びの時・15



 〈光の妖精〉となったギースルが、家よりも大きな岩の上でアーナルと戦っていた。剣がぶつかるたびに光が飛び散り、鋭利な刃となって岩に突き刺さる。
「わぁ、あぶない」
 光の刃がアルスィオーヴのそばに飛んできて、慌てて彼は岩陰に隠れた。シグルズが遅れてやってきたフュルギヤたちに、岩の後ろに隠れるように言う。
 アーナルが切りつけ、ギースルは別の岩に飛び移って避けた。アーナルの剣から光の刃が飛び出し、ふれてもいない岩がふたつに割れる。
「ここにいると危険じゃねぇの」
 アルスィオーヴは身をかがめてここから離れようとしたが、岩陰からでようとした途端、光の刃が飛んできて、身をすくませた。
「これじゃ動けない」
 岩にぴったりとよりかかって言う。
「助けなきゃ」
 フュルギヤは魔法を使おうとしたが、なにもできなかった。ヴィズルと戦ったうえに、心の中に入ったため、魔力のすべてを使い果たしてしまったらしい。
「あなた、なにかできないの」
 ヴィーナに聞くが、彼女は「これだけです」と小さな火を指先に灯しただけだった。
「おや、まだ生きていたのか」
 アーナルが目の前の岩の上に立って彼らを見下ろしていた。彼は突然、飛びあがり、他の岩に移った。黄金の光の刃が彼のいた岩を砕く。フュルギヤたちの上に小石が降り、彼女たちは頭を抱えて悲鳴をあげた。
「こんなところでなにをしている」
 今度はギースルが目の前の岩の上に立っていた。彼は額から血を流し、利き腕がだらりと力なく下がっていた。持ちなれぬ左手で剣をにぎっている。
「加勢する」
とシグルズが言ったが、ギースルが「そんなことをしたら、殺してやる」と返し、別の岩に飛び移った。
「利き腕が使えずに、わたしに勝てるのか」
 アーナルが叫ぶ声が聞こえ、剣のぶつかり合う音が響いた。
「わぁ、またこっちにきた」
 アルスィオーヴが隠れている岩が崩れ、ギースルが地面に落ちてきた。アーナルがとどめを刺そうと岩の上から飛び降り、剣を横にないだ。切っ先から銀色の刃が飛び、アルスィオーヴはギースルをひきずって、後ろに下がった。それまでいた地面がふたつに裂ける。
「よけいなまねを」
 ギースルはアルスィオーヴに怒鳴った。
「怒るんだったら、おれの目の前に落ちてくるなよ」
 アルスィオーヴはギースルから離れ、別の岩陰に隠れた。アーナルが冷やかな笑みを浮かべてギースルの前に立った。ギースルは剣を支えにして、よろよろと立ちあがる。
「邪魔者が現れてしまったな。そろそろ終わりにしよう」
 アーナルは剣を振り上げ、ギースルは声をあげて切りかかった。激しく打ち合い、周囲の岩が崩れていく。
 ギースルの持っていた剣が飛び、アーナルはとどめを刺そうと剣を突き出した。ギースルの全身が発光し、不意を突かれたアーナルは太陽の精の光をまともに浴びてしまった。剥き出しになった手や顔が焼け、目が見えなくなる。アーナルが顔を押えてひるんだ隙に、ギースルは剣を拾い、アーナルの胸に投げつけた。アーナルはゆっくりと膝をつく。
「まだ勝負はついていない」
 胸に突き刺さった剣を抜き捨て、アーナルは血を吐いた。胸から大量の血が噴き出る。かっと見開いた目は、どこも見ていなかった。ギースルがゆっくりと歩きながら、剣を拾う。アーナルは目を閉じると、ギースルの動きが見えているように、彼のほうを向いた。
「これで終わりだ」
 ギースルはアーナルに打ちかかった。二度剣と剣が火花を散らした後、アーナルの剣がギースルの頬をかすめ、ギースルの剣がアーナルの胸を貫いた。アーナルが静かに地面に倒れる。
「おまえに負けるとはな」
 アーナルは目を閉じたまま言った。ギースルは悲しげな顔で彼のそばに膝をついた。
「父上、わたしがあなたのそばについていれば、こんなことにならずにすんだ。どんなに悔やんでも、取り返しのつかないことをしてしまった」
 ギースルの目から涙がこぼれ、アーナルの顔に落ちた。アーナルは失明した目を開いた。
「ならば、償ってもらおう。おまえが次の王になり、《スヴァルトアルフヘイム》を治めるのだ」
 ギースルは驚き、火傷を負ったアーナルの顔を見つめた。
「わたしに治めろと」
「ふん。やはり〈闇の妖精〉の王になるのはいやか」
 アーナルはどうせそんなことだろうと、憎らしげに言った。ギースルは立ちあがり、崩壊した《スヴァルトアルフヘイム》を見回し、まだ赤い雲に覆われている空を見上げた。天空では、まだ神と巨人の戦いが続いている。
「わたしが、あなたの後を継ごう」
 ギースルはアーナルに向かって言い、〈闇の妖精〉の姿に変わった。驚いたアーナルは起きあがろうとした。
「起きあがってはだめだ」
 ギースルはアーナルをそっと地面に寝かせた。
「本当に継ぐつもりか」
 意外そうに言う。
「気が変わったのか」
 ギースルがやさしく言い、アーナルは「まさか」と答える。
「うまく治めろよ」
 アーナルはギースルの顔に手を伸ばし、安堵したようすで息を引き取った。すぐさま、ギースルの中に〈闇の妖精〉の王としての力が流れてくる。
 ギースルは立ちあがり叫んだ。
「アーナル王は死んだ。わたしはアーナルの息子、ギースルだ。これからはわたしが《スヴァルトアルフヘイム》を治める。認めぬ者はわたしと戦え」
 〈闇の妖精〉の王となったギースルの声は、すべての〈闇の妖精〉の耳に届いた。〈闇の妖精〉たちは一瞬躊躇したが、すぐに受け入れた。だれもアーナルを倒した者に挑もうとはしなかった。
「いったいどういうことだ」
 シグルズが岩陰から出てきて言う。
「黙って見ていろ」
 ギースルは言い、再び全〈闇の妖精〉に向かって叫んだ。
「皆の者、剣を収めろ。すべての攻撃をやめるんだ。いますぐ軍を呼び戻せ。〈光の妖精〉を滅ぼしてはならない」
 彼の命令は、すべての〈闇の妖精〉たちを戸惑わせた。ギースルは彼らの反応を心で感じ取り、もう一度、叫んだ。
「軍に戦いをやめろ。従わない者はわたしが殺す」
 〈闇の妖精〉たちは、しぶしぶ剣を収め、《スヴァルトアルフヘイム》に戻り出した。
 ギースルは安堵し岩に座ると、シグルズを見た。
「なにか文句があるか」
「きみのやり方は好きではないが、異論はないよ」
 シグルズは答え、アルヴィースを彼の前に横たえた。ギースルの顔が悲しみに曇る。
「ヴィズルは死んだのか」
「そうらしい。今の彼はアルヴィースだ。息のあるうちに会わせたかったが間に合わなかった」
 シグルズは静かに言い、ギースルはアルヴィースの横にひざまずき首に手をあてた。フュルギヤがわっと声をあげて泣き出し、アルヴィースにしがみつこうとしたが、ギースルが引き離した。
「脈はないがまだ暖かい。日が射せば、息を吹き返すかもしれない」
 そう言いギースルは天を見上げたが、空はまだ赤い雲に覆われている。
「地震が収まってきている。もうすぐ〈滅びの時〉が終わるはずだ」
 シグルズが言ったが、日が射すのを待っている時間はなかった。
「目を閉じろ。目がつぶれるぞ」
 また〈光の妖精〉になったギースルは全身を輝かせ、アルヴィースを黄金の光で照らした。太陽と同じ効果は期待できないが、日が射すまで持ちこたえさせることはできるはずだ。
 光に当たれば死んでしまう〈闇の妖精〉のヴィーナは悲鳴をあげて影の中に逃げ込み、フュルギヤも無数の針に肌が刺されるように感じ、物影に隠れた。
 少しずつ地震は収まっていったが、赤い雲はなくならなかった。天上で神の王ヴァズファズルが巨大な狼フェンリルに食われてしまうのが見え、シグルズたちは神が負けたのかと顔色を変えたが、すぐにヴァズファズルの息子森の神ヴィーザルがフェンリルを倒し、王位を継いだ。
 ヴィーザルは新たな敵を探してどこかへ行ってしまい、天上が静かになった。勝敗がついたのか、まだ戦が続いているのか、ここからではなにもわからなかった。
 長い時間がたち、赤い雲が徐々に消えていった。雲の合間から日が射し、久々に地上を照らす。赤い雲が消えていくにしたがい、地上は明るくなり、青空がはっきりと見えるようになった。神々は巨人たちに勝ったのだ。
 やがてアルヴィースにも太陽の光が当たり、ギースルは膝をついた。
「疲れたな」
 彼は言い、アルヴィースの上に崩折れた。





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