闇の幻影
10 空が白み始めている。長い嵐が過ぎ去ると、砂のベールが取り払われ、白い世界が広がっていた。白い石畳が敷き詰められ、白い壁面があちこちに立っている。辺りが白いせいで、影がことさら黒くみえる。薄暗い洞穴から出たユシアには、白さが目に痛い。日が高くなればもっと光を反射して、目を開けることは困難になるだろう。前方で、アシュアが壁の一つを調べている。それは壁といっていいものか、とにかくアシュアの身長の倍もある長方形の平たい石が、何百とたっている。それらの向きに一貫性はなく、つながることもなく、でたらめにおいただけのようにみえる。もちろん屋根もなく、日差しを避けることもできない。 「なに、ここ」 マイラが目をこすりながら、洞穴から出てくる。 「また、罠なの。いつになったら、ここからでられるのよ」 うんざりして言う。ユシアはそれにはなにも答えず、アシュアに近づいた。 「なにかわかったの」 「巨大な壁ってことだな」 それから、上を見る。ユシアも見上げたが、なにもない。 「上にはなにもない。いやな予感がする」 壁面を叩いて、そばを離れる。 「どうしたの」 「知らなくていい」 アシュアのそっけない返事。 「どうしたの」 マイラも同じことを言う。 「ユシアの言うとおり、休まずに進んだほうがよかったな」 今度は、アシュアは答えた。 「なによ、それぇ」 「食えもしない、剣もきかない。闇の主もばかではないな」 「アシュアァ、ちょっとそれ、どういうことよぉ」 マイラが責めたてる。 「それって、かなりやばい状況ってことじゃないの」 「まぁ、そうとも言えるかもしれないな。とにかく行こう。マイラ、よく休めただろ」 「そうね。でも、おなかがすいたっていう問題もあるんだけど」 心なしかいやな予感に、マイラは鼻に皺をよせる。 「後で、獲物をわけてやるさ」 「いらないわよ、そんなもの」 不気味な申し出に、おじけをふるう。 「ユシアは、おれが抱えていく。おまえは、全力で走ってついてこい。離れ離れになったら、とにかく、石群を抜けることだけを考えろ」 「その後、どうするのよ」 「運がよければまた会うだろう」 「なによそれ。あたしも抱えてよ」 「おまえはでかすぎる。自分で走れ。いくぞ」 ひょいとユシアを抱え上げ、アシュアは走りだす。最初の壁を通ると、勢いよく壁が横に滑り出す。通り過ぎると、同時に隣の壁に轟音をたてて激突する。 「なによっ。もうはぐれたじゃないのっ」 マイラの声がかろうじて聞き取れる。それにはかまわず、アシュアは走り続ける。少しでも躊躇すれば、石壁に挟まれる。一つ切り抜けると、すぐ次のが迫ってくる。耳が痛くなるようなぶつかり合う音が連続する。ユシアは抱えられながらも、目がまわった。ひっきりなしに、目の前に石壁がせまってくる。それを前後左右にとアシュアが避ける。 あまりの目まぐるしい動きに、ユシアの頭はくらくらする。どこをどう進んでいるのかもわからない。激しい石のぶつかり合いに、ひたすら、はらはらとする。なにがなにやらわからないままに、ユシアは降ろされた。石にはさまれるのではと驚いて、アシュアにつかまろうとしたが、すでに石群は抜けていた。 頭の中がぐるぐるとうずまいて、ユシアはしばらく動けずにいた。アシュアは、平然と立っている。 「やはり、はぐれたな」 アシュアの言葉に、ユシアははっとした。マイラはどうなってしまっただろう。石群の向こうで取り残されてしまったのではないのだろうか。それとも石に挟まれて。 「大変だっ」 そうは言ったものの、頭痛がしだしたユシアの声に覇気がない。 「なんだ、目が回ったのか」 「そうみたい」 「じっとしていろ。ヤツラは、おれが片付ける」 「えっ」 驚いて辺りを見回すが、日が高くなったおかげで、そこらじゅうが白く輝き見えづらい。漆黒の闇にいた頃を思いだす。 なんだか、闇と変わらないや。 白かろうが、黒かろうがなにも見えないことにはかわりない。そればかりか、闇の世界では赤く光っていたヤツラの姿がまったく見えない。気配だけが伝わってくる。アシュアが剣を振るい、ヤツラが切られていく気配。すぐに戦いは終わった。ユシアは、一番知りたくないアシュアが食事をする気配に身構えたが、そんなようすはまるきりなかった。腕をつかまれ、ユシアは食べられるのかと身を震わせた。 「いくぞ」 「食べなかったの」 「大物を食べるほうがいい」 引きずられるように歩きながら、この白い闇の中にヤツラの死骸がたくさんあるのだろうと考える。死体がたくさんあるというのに、それがわからない。不気味な感じ。 「ねぇ、マイラはどうするの」 こんなになにも見えなくては、マイラも困るのではないだろうか。それとも、闇の中でも物が見えるように、ここでも見えるのだろうか。 「逃げ足だけは早いからな。もしかしたら、先に行ってるかもしれない」 「それならいいけど」 「身が軽い分、あいつのほうが楽なはずだ」 「そうか、ぼくがいたぶん、アシュアのほうが危なかったんだね」 自分がかなりの負担になっていたことに思いあたる。 「もしかして、ぼくってすごく足手まといじゃないの」 いまさらながらに気づいて、ユシアは恥ずかしくなる。今までは自分が助かることしか考えていなかった。ユシアがいることで、アシュアの負担が多くなることなど思いつきもしなかった。 「なにをいまさら」 アシュアが驚く。 「だって、今気づいたんだよ。ぼくってほんとになんにもわかってなかったんだ」 「それは最初から知っている」 「それはそうだろうけどさ」 無知をさらしていた自分が恥ずかしい反面、どういうわけか、それを知っていたアシュアにたいしても腹立たしい。 「ふてるのは後にしろ。中に入るぞ」 突然、視界が開けた。白い闇の中にぱっくりと四角い口があく。扉をあけただけのことだったが、何も見えなかっただけにユシアは、かなり面食らった。 またしても城のようだった。壁や天井なにもかもが透き通っている。外は暑かったのに、中はひどく寒い。 「氷だ」 壁に触ると、ひんやりと冷たい。ここに長くいれば、凍えそうだ。氷を透かして、なにか人型の白いものが動き回っているのが見える。 「いっぱいいるみたいだ」 ユシアが、声を緊張させる。アシュアは、うなずいて奥へと進む。氷の扉は、とても重くきしんだ。この音に白い連中がやってくるのではないかとユシアは心配したが、何事もなかったように氷の向こうでせわしく動いている。 扉が開くと、今度は熱気が襲ってきた。炎が二人をなめる。慌てて、アシュアが扉を閉める。 「これは参ったな」 扉を背に、アシュアがぼやく。 「中は、火で一杯だったね」 あの火を閉じ込めるための氷の城なのだろうか。 「あの白い奴らは、氷が解けないように働いているらしいな」 「みたいだね。どうするの」 「闇の主は、おれの弱点を探っているようだな。核を破壊してだめなら、今度は、火か」 珍しく深いため息をつく。 「火って苦手なの」 「火、水、土、風の中で、一番苦手なのは、火だな」 思案していると、元気のいい足音が聞こえてきた。 「アシュアッ、あたしをおいてったわねぇ」 怒気をふくんだ声が、広間に響く。 「マイラッ」 ユシアが喜んで駆け寄る。 「無事だったんだね」 「当たり前じゃない。なにも見えないから、ここにくるのにてこずっただけ」 「おまえがきたところで、事態は変わらない」 アシュアがそっけなく言う。 「なによ、それ」 「炎を石にできるなら別だが」 「できるわけないじゃない。炎?」 好奇心に負けて、マイラが少し扉をあけてのぞく。 「あちち」 叫んで、顔を氷の壁に押し付ける。 「熱いよ。これ」 「そうだな」 「アシュア、なんとかしてよ」 「なんとかできなくもないが、よく育った火トカゲを相手にするというのは」 アシュアはいやそうに言いよどんだ。 「あれって、トカゲなの」 ユシアが聞く。 「火でできたトカゲね。これじゃ、石にならないわね」 マイラが答える。 「剣でも切れないさ」 「珍しく弱気じゃないの。倒せないの」 「倒せるさ。ただ熱いのがいやなんだ。それだけで、体力がおちる」 「ふうん。でも、倒さなきゃ、先にいけないんじゃないの」 「わかっている」 しぶしぶ答える。 「扉をあけて、戸の陰に隠れろ」 二人は、指示された通りに扉をあける。途端に熱風が吹き付ける。アシュアは、その風をまともに受ける前に姿を変えた。銀色の光となり、広間中に飛び回る。 熱風が広間中に駆け巡る。戸口から、ちろちろと炎の舌が見える。焼けつくような熱気が吹き出すが、分厚い氷の壁と扉に挟まっている二人には、それほど熱くはない。 光となったアシュアを、炎の舌が追う。が、戸口からでは届かない。業を煮やしたトカゲが、のそりと扉から顔を出す。その先にはいけない。体が大きすぎて通れないのだ。捕まえることができないアシュアに、いらだったトカゲは咆哮する。と、光がその口めがけて突進する。トカゲが口を閉じるまもなく、光が入り込み、その勢いでしっぽを突き破る。たちまちトカゲの姿は、崩れ跡形もなくなる。 「やったぁ」 ユシアとマイラ、二人が手をとって喜ぶ。だが、アシュアは、それどころではないようだ。まだ光のまま、氷の壁面をこするように飛び回っている。これが人間ならば、熱いと転げ回っているところだろう。 「アシュア、大丈夫なの」 アシュアは、いつまでも、狂ったように飛ぶのをやめない。何度も壁面をこするため、削れた氷が雪のように降ってくる。ユシアは、だんだんと心配になってきた。 「アシュアァ」 マイラも不安そうな顔をする。 「どうしよう」 「どうしようったって」 途方にくれて、二人は顔を見合わせる。削られた氷がどんどん積もっていく。壁の割れる音に、二人は、飛び上がった。 「アシュアッ、そんなにこすっちゃ、壊れちゃうよ」 マイラが叫んだが、やめるようすはない。 「いこう」 ユシアの手を引っ張る。 「でも、アシュアが」 「今は、何言っても聞いてくれないよ。それより、逃げよう」 手を引かれるままに、火トカゲがいた部屋に入る。その先に行く戸はなかった。かわりに、そこの真ん中に大きな穴があいている。 「ここしかないのかな」 二人が躊躇していると、光のアシュアがさっと入ってきて、穴の中に吸い込まれていった。 「そうみたいだね」 氷が割れる音が増えていく。あまりためらっている時間はない。二人は、手をとりあって飛びこんだ。
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