闇の幻影
5 そんなのいやだ。見捨てるなんてできない。 ユシアは、今にももげそうな頭をしっかりと押さえ、抱きかかえた。幼児の時のアシュアは生き返ると言っていた。それなら、それまでこうして待っていよう。 今はいつもの闇に戻っている。アシュアが死んだために、罠は必要なくなったのだろう。 ユシアにできることは、なにもない。闇の中でひたすら、アシュアの回復を待つ。 どのくらい時間がたったのだろう。少しはよくなったろうかと、アシュアの傷を見る。 「ぼくより治るの遅いのかな」 傷は回復しているようには見えない。ぱっくりと肉が裂けたままだ。 「それともぼくも、こんなに時間かかるのかなぁ」 今までは、時間など気にしたことがない。治るまでヤツラは襲ってこないから。いやな考えが頭に浮かぶ。 「まさか、本当に死んじゃったんじゃないよね。時間かかるだけだよね」 きっとそうだ。闇の中でいつものようにアシュアは光ってるんだし。 「早く治らないかなぁ」 今、ヤツラはいない。このまま、ずっとヤツラは現れないでいてくれるだろうか。アシュアが死んだと思っているのなら、やってくるかもしれない。 「どうしよう」 もし、ヤツラがやってきたら、アシュアを見逃してくれるのだろうか。ユシアさえ殺されれば、満足して立ち去ってくれるかもしれない。 「てこずらせてくれたな」 獣が出したような声に、ユシアの体が硬直する。 「誰」 闇の中にぼんやりとした男の影が見えた。ユシアはアシュアに危害を加えさせまいと、しっかりと抱き締める。 「突然、この世界に入り込んできた闇の者を食らう化け物。あの逃げた娘といい、手間をかけさせる」 「化け物なんかじゃないやい」 ユシアが怒鳴る。 「ユシア、お前はなぜ、のこのことついてきた。闇の中にとっとと戻れ」 「なぜ、ぼくの名前を。あなた誰」 影は答えない。代わりにユシアから、アシュアをもぎはなそうとする。 「やめてっ」 とられまいとするが、抵抗した拍子にアシュアの首がぼろりともげる。それを影が拾う。 「ほう。どんな顔をしているかと思えば、なかなかの美貌。これは飾ることとしよう」 「やめてっ」 「おっと」 取り戻そうと飛び掛かるが、あっさりと避けられてしまう。 「返して」 両手を掲げ、泣きながら哀願する。持って行かれたら、生き返れなくなってしまう。 「こいつといれば、殺されることがわかってて、助けようとするのか」 「なんでそんなことを」 驚いて、影を見上げる。 「わたしの世界で起こることは、すべてわかる。放っておけば、こいつが生き返ることもな」 「そんな、返してっ」 影はそんなユシアの悲痛な叫びにもかまわず、背を向けて去って行く。 持っていかれちゃう。助けなきゃっ。どうにかしなきゃ。なにかないものか。なんでもいい。この状況をどうにかできる物なら。 目が狂おしくなにかを探し求める。なにかが小さく鳴っていた。音の根源を探すと、アシュアの剣がまるで主人を助けたいとばかりに鳴っている。すかさず、ユシアは剣を抜き後を追った。影に向かって、必死で剣を振り回す。 「振り回すだけで、あたるものか」 影は、軽々と剣を避ける。と、カタッと剣が鳴った。急に剣が重く感じられ、ユシアがふらりとよろめいた。その先に影がいる。切っ先が、影に突き刺さった。 「ぎゃっ」 闇が一瞬、薄れる。世界がぐらりと揺れ、すぐに収まった。 影の姿は消えていた。取り落とされたアシュアの首が、闇の中で輝いている。急いで、首を拾い胴体に合わせた。それから、音の鳴る不思議な剣も鞘に収める。 さっき、剣が勝手に動かなかったか。それとも気のせいだろうか。 「さっきより悪くなっちゃった」 少年の目から、涙がこぼれる。どうにか首をちゃんとつけようと、傷口を合わせて押しつける。こうしておけば、少しは早く治るかもしれない。 「ねぇ、さっきの奴が、闇の主なのかな」 ぴくりともしないアシュアに話しかける。また戻ってくるかもしれないという不安に、とても黙っていられない。 「娘が逃げたっていってたよね。きっと、マイラのことだよ。よかった。助かったんだね」 いつまでも静かなまま、なにも起こらない。 「ねぇ、早く治ってよ」 首がとれてしまっては、もう生き返れないのかも知れない。だんだんと不安になり、ユシアはしゃくりあげた。
「ねぇ、アシュア、死んじゃったの」 聞き覚えのある声に、顔をあげるとマイラがいた。元気なようだ。 「すぐに生き返るよっ」 いきなり死んだなどと言われ、ユシアは思わずかっとなる。それを聞いたマイラは後ずさった。まだ、怒られると思っているのだ。 「逃げないで」 ユシアは、慌てて言った。 「アシュアは怒らないって約束してくれたから」 「約束?」 ユシアは、別れてからのことを説明する。聞き終わってから、マイラは奇妙な顔をした。 「あんた馬鹿ね。あたしだったら、命乞いするよ」 「アシュアと同じこと言うんだから。いいじゃない。ぼくのことなんだから。マイラは、どうしてたの」 「あたし? ちょっとした冒険だったわよ。出口を探していたら、いきなり地面に穴があいて、その中に落ちたの。そしたら、ヤツラがそこにいて待ち構えてたのよ。生け捕りにするつもりだったらしいけど、全部、石にしてやったわ。それから、アシュアが食べたがりそうな魔物がでてきたけど、そいつは頭の悪い猿みたいな奴で、捕まったふりをしたら、出口まで連れていってくれたのよ。そこで、まんまと逃げ出してやったわ」 「へぇ、すごいんだ」 マイラもちゃんと自分の身が守れるんだと感心しながらも、それでと、ユシアは話題をかえた。 「アシュア、なかなか生き返らないんだけど」 「あたし、アシュアが生き返るなんて聞いたことないよ」 にべもない言い草に、ユシアはぎょっとする。 「それでも、言ったんだよ」 唯一の希望をかき消されまいと、きっぱりと言い切る。 「ふうん。それじゃ、薬つけてみようよ。アシュアってよく怪我するから、薬、持ってたよ」 言いながら、アシュアの服をさぐる。 「あった、これだ」 小さな瓶を見つける。 「じゃあ、早くつけてよ。でも、少ないんじゃない」 小瓶は、小指ぐらいの大きさでしかない。それで治るとしても、その量では足りそうにない。 「ちょっとで足りるらしいよ。それに大きい怪我のところだけでいいんじゃない」 さっそく、首のところに垂らす。瓶から一滴だけ滴る。滴はゆっくりと輝きだし、やがて傷口全体を覆っていく。それを見たマイラは腕にも垂らす。同じように光に覆われる。 「よかった。治っていく」 ユシアは心底ほっとする。 「あんた、自分を殺す相手助けて、そんなにうれしいの」 マイラがあきれたように言う。 「誰も彼もがそう言うんだから。闇の主にまで言われたよ」 マイラが明るく笑う。 「そうだ。闇の主を撃退したんだね。お手柄じゃん。これを恩にきせれば、アシュアも殺さないでいてくれるかもしれないよ」 「また、そんなことを。そんなことでやったんじゃないって。それに、あのときは剣が勝手に動いたみたいだし」 「動く剣て、もしかして、アシュアの剣」 ぎょっとしてマイラが言う。 「そうだよ」 「すっごいんだ。あんたのおめでたい性格が幸いしたのかもね」 今度は感嘆の目でユシアを見る。 「ふつう、あの剣は、アシュア以外の者に触られると、そいつを殺すんだよ。あんたよく無事だったね」 「そ、そうなの。なんかないかって思ってたら、剣が鳴ってたんだ。それでそういうことになっちゃったんだけど」 「へぇ、剣の方から呼ぶなんて、あんた、よっぽど剣に、気にいられたんだ。こりゃいいや。アシュアが、あんたのこと殺そうとしても、剣の方がいやがるかもね」 「そんなのわかんないよ。そんなことより、闇の主、もう襲ってこないかな」 「当分は、無理でしょ。あんた、けっこうなダメージ与えたみたいだよ。なんたって、この世界が揺れたものね。だから、何事かって、あたしも見にきたわけだし」 「なら、アシュアの怪我が治るまで大丈夫だね」 「もう治ってるよ」 マイラの言う通り、傷口はもうふさがっている。 「後は目を覚ますだけだね」 「覚まさなかったりしてね」 マイラの言葉に、ユシアはぎくりとする。 「冗談よ。ほら、目を開けてるよ」 アシュアは、ユシアの膝の上でぼんやりとユシアを見返した。 「アシュア、ぼくがわかる」 何度か瞬きし、アシュアは起き上がった。 「ユシア、こんなところでなにしてる」 彼は冷たく言った。 「ごあいさつだなぁ」 マイラが代わりに答える。 「ずっと、アシュアのこと守ってたんだよ。お手柄だったんだから」 「なぜ、おまえもここにいる」 その言葉に、マイラはぎくりとする。 「罰しないって、ユシアが言ってたよ」 慌てて、念を押す。 「わかっている。それで、こんなところで、なにをしている」 「冷たい言い草ね」 そう言ってから、マイラはユシアから聞いたことを話しだした。話が終わるとアシュアが感想を言う前に、ユシアが口をだした。 「なにも言わなくていいよ。どうせ、ぼくのこと馬鹿だっていうんだから」 その言葉にマイラが笑う。 「ほんとにおもしろい奴」 マイラが言う。 「また、借りができたな」 アシュアがため息をつく。まるで、ユシアに困ったことをされたようだ。 「いいよ、そんなの。アシュアの怪我、治ったし、もう頼みたいことなんてないから」 感謝されることを期待していたわけではないが、余計なことをしたとでもいうような態度に、ユシアは気分を害した。 「あんた、命乞いするの忘れてるよ」 マイラが指摘する。 「そうか。でもさ、どうして殺されなくちゃならないんだかわからないけど、どうしてもっていう理由があってのことなら、仕方ないって思うんだよね。ぼく」 アシュアがはっとしてユシアを見る。 「馬鹿ね。何言ってんのよ」 すっとんきょうな声をマイラが出した。 「だって、いくらアシュアだって、なんの理由もないのに、こんな子供を殺すなんて宣言しないでしょ」 「当たり前だ」 アシュアが憮然として言う。 「だが、食うかもしれない」 と、その後に言葉が続き、ユシアは背筋が寒くなった。 「それはあるかもしれないけど。だったら、どうして、殺さなきゃならないのか、教えてくれない。そのほうが殺されるときも納得できるじゃないの」 「いずれわかる。望みは、他のことにしろ」 アシュアは、そっけない。 「どうして、知らないほうがいいわけ」 ユシアは合点がいかずに、詰め寄る。 「知ったときが、おまえの死ぬときだ。なにか他にないのか」 「思いつかないよ」 教えてもらえずに、ユシアがしょげる。ひとつの命がかかっているのに、そんなことってないと思う。 「ならば願いができるまで、保留にしておく」 「そんなこと、もうどうでもいいよ」 少年がふてくされて言う。 「どうでもいいことじゃないでしょ。こういうことって、そうそう、あるわけじゃないんだから」 「わかったよ」 なにも無理強いすることないのにと、ユシアは思いながらも、マイラに気圧されて承知する。 「お願いができたら言うから、とっといて」 アシュアがうなずく。 「ちゃんと使いなよ」 マイラが念を押した。
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