闇の幻影
6 「さぁ、行こうよ」 なんとなく、間が悪くなってユシアが立ち上がる。アシュアはあきれたようにそれを見上げる。 「どうしたの。行かないの」 アシュアが動こうともしないので、少年は不思議に思った。 「元気な奴だな。疲れないのか」 うらやましそうに言う。 「疲れたの?」 「ただでさえ空腹のうえに疲労だ。しかも生き返ったばかりで、すぐに動けるか」 「ぼくは、いつもすぐに動けるけど」 「おれは違う」 「いつも、生き返るのも遅いの」 「飢えていつもより力がないからだ。助けてもらって悪いが、殺されることになろうが、おれは眠る」 ごろりと横になる。 「ちょっと、こんなところで眠るなんて、殺してくれって言ってるようなもんだよ」 マイラも、驚いて言う。 「闇の主が襲ってきたらどうするのよっ」 「食う。向こうから、獲物がやってくるならば、大歓迎だ。きたら起こせ」 「そっか、そのほうがいいかもね」 納得して、マイラも腰を落ちつける。 「ユシア、あんたどうするの」 「どうって一緒にいるよ」 また、闇の主がやってくるのではないかと気が落ち着かず、ふらふらとアシュアの周りを歩く。アシュアはもう眠っていた。 「そうじゃなくって、なんで、ぐるぐる回ってんのよ。うっとうしいじゃない」 「また、襲われるんじゃないかって心配なんだよ」 「だからって、歩いてもどうにもなんないよ。座ってなよ」 「うーん」 「いいから、こっち来て座ってな」 マイラが地面を叩く。言われるままに、ユシアは座った。 「話でもしてりゃ、気が紛れるよ」 「そうだけどさ」 さっきの恐怖がさめやらず、どうしてもきょろきょろと辺りを見回してしまう。 「あんたねぇ、落ち着きなって」 マイラがあきれる。 「マイラは、怖くなったりしないの」 「なるよ。でもさ、やたらと怖がったってしょうがないじゃない」 平然として言う。 「そうだけど、マイラは闇の主に会ってないから、そんなこと言えるんだよ」 「なに言ってんのよ。アシュアといたら、危ない目なんてしょっちゅうだよ。アシュアといると、ろくなことがない」 「そんなこと言って、マイラはアシュアと一緒に旅してるじゃない。そんなに大変なら、やめればいいんだよ」 「それができないのよ」 マイラはため息まじりに言う。 「どうして」 ユシアが目を丸くする。ずっと、二人は好きで一緒に旅をしていると思っていたのだ。 「あたし、魔族の契約結んじゃったのよ」 「契約だって」 「そうよ。殺されるか、仕えるかを選ばなきゃならなかったの」 「どうして」 「あたしもね、最初、あんたみたいにアシュアに食べられそうになったのよ」 「ええっ」 びっくりして、ユシアは思わず声をあげる。 「あたしに、石にする力があるのは知ってるでしょ」 「うん」 「そのせいで、あたし、赤ん坊の頃に殺されるところだった。運よく、自称魔女に助けられたのよ。魔女って言っても、口ばっかりでなんにもできないおばあさんだったけどね。あたしは、そこで大きくなるとこきつかわれたわ。何度、石にしてやろうと思ったかもしれない。でもね、ターバンがどうしてもはずれなかった。あのババは、魔法だって言ってたけど、後でアシュアに聞いたら、薬でくっつけてただけっていうじゃないの。ばかばかしい」 マイラが吐き捨てる。 「でも、ある日、ババに呼ばれて行ってみると、そこにアシュアがいたわ。ババは呼び出しの魔法が成功したんだと言って、有頂天だった。本当は、たまたま通りがかっただけなのに、いい気なもんだわ。そして、あいつはアシュアにこう言ったのよ。この娘をやるから、強力な魔力をくれって。アシュアは、あたしを見て承知したわ。そして、あたしに剣をつきつけて、言ったのよ。食われるか、仕えるかどちらがいいかって。あのとき、アシュアの目が光って、とても怖かった。もちろん、仕えるって言ったわ。死にたくないもの。これが、あたしがアシュアに仕える理由。契約してしまった以上、破ったら殺されるのよ」 長い沈黙が落ちた。 なんてこと。 ユシアは、心の中でつぶやいた。マイラも殺されるかもしれないなんて。そんなことって。仲がいいって思ってたのに、契約で一緒にいただけなんて。 ややあって、ユシアが口を開く。 「マイラも大変なんだ」 マイラの身の上話に、すっかり気落ちしてしまった。 「まぁ、アシュアの機嫌がいいときは、けっこう楽しいけどね」 明るい声でマイラが言う。その声にユシアも、少し元気づく。 「そうだよね。なにも悪いことばっかじゃないんでしょ」 「まぁね。いいこともあるよ。さっきの続きだけど、ババは、あれからどうなったと思う」 マイラが思い出し笑いをする。 「どうしたの」 楽しそうな結末に、興味がわく。 「確かに強い魔力を得たわよ。でも、そこには、落とし穴があった。ババは、姿も変わっていた。醜いヒキガエルにねっ」 げらげらと少女が笑う。 「ちゃんとアシュアはヒキガエルにするって言ったわ。そして、ババも魔力を得る代償として喜んで承知したのよ」 マイラにはおかしくてならないようだが、ユシアにはまだわからない。 「それのどこが落とし穴なの」 「あんた、よく考えなさいよ。魔法ってのは、呪文を唱えなきゃならないのよ。でも、ヒキガエルじゃ、ゲロゲロとしか言うことができないじゃないの。いくら、強い魔力があったって、これじゃ、なんの役にもたたないよ」 「あ、そっか」 ユシアが感心して言う。 「ババは、かんかんになったろうね」 「そうだろうけど、カエルになっちゃったら、ゲコゲコ言うばっかりで、なに言ってんのかわかんないよ」 「それじゃ、アシュアは、マイラをいじめた罰をちゃんとババに与えてくれたんだね」 ユシアの言葉にマイラが少し考えこむ。 「それはどうかなぁ。アシュアってなにを考えてるんだか、よくわかんないもん」 「アシュアのこと嫌いなの」 「最初は、憎ったらしい奴だと思ったけど、今はけっこう好きかな。ああ見えてもいいとこあるし。契約のいいところはね、最低限の保証があるのよ。ちゃんと仕えてれば、アシュアもあたしのことをちゃんと保護してくれるの。アシュアに食べられないってことにもなってんだよ。そこのところだけ、契約破るんじゃないかって、不安になるときあるけど」 「それ、いいなぁ」 ユシアがうらやましげに言う。 「でも、へましちゃったときは、怖いよ」 マイラがさも恐ろしげに忠告する。 「アシュアが猫になったときみたいに。でも、あれは、マイラが悪いと思うよ」 マイラがふくれる。 「わかってるわよ。そりゃ、あんたは、いい子ちゃんだから、もっとうまくやれるでしょうよ。あんたのほうが、あたしなんかと違って、契約したほうがいいんだろうね。アシュアはだめだって言ってたけど」 「ぼくは、殺されなきゃならないからね」 ため息をつく。 「あんた、ちゃんと命ごいしなよ」 「してもどうにもならないと思うよ」 「なに言ってんのよ、やってみないうちに。よく考えれば、助かる方法がみつかるかもしれないじゃない」 「そうだね。理由を聞いてから考えることにするよ」 そして、ユシアは、急に黙りこんだ。 マイラがうらやましい。なんだかんだと言っても契約がある以上、マイラはアシュアに保護されている。ぼくは違う。自分の身さえ守れないのに、アシュアの助けをあてにすることもできない。自分の無力が、とても身にしみる。 「どうしたの」 マイラがけげんそうに聞く。 「アシュアもマイラも、自分の身が守れるけど、ぼくはなんにもできないんだなぁって」 しみじみ言う。 「なに言ってんのよ。生き返れるんだから、いいじゃないの」 「そんなの少しもよくないよ。殺されるのってものすごく苦しいんだから。せめて、身を守るものでもないかなぁ」 「あんたが、使えるようなものは、なにもないよ」 マイラが闇を指し示して言う。 「そうだけどさ、なにかほしいんだ」 なにかないものかと見渡すが、漆黒の闇の中ではなにも見えない。ふと、アシュアの剣に視線が落ちる。ユシアの考えに答えるように、剣がカタと鳴る。 「持ってても、いいよね」 手を伸ばすと剣が自然にすうっと鞘から抜け、手の中に入り込む。 「なに、やってんのよ」 マイラが飛び上がる。 「子供がそんなもの持って、危ないじゃない。ただの剣じゃないのよ。あたしのこと切る気」 「違うよ。それに剣の方から出てきたんだよ。ぼく、こうやって、構えてるよ」 闇の中にむき、切っ先をむこうに向けて座る。 「あんた、そんなもの持って、こっちにくるんじゃないよ。近づいたら、殺すからね」 マイラが警戒して言う。まるで、ユシアが切りかかってくるとでも言うようだ。 「そんなことしないよ」 ユシアはむっとして、見張りに専念することにした。本当は、ユシアの見張りなど必要ないかもしれないが、なにか役に立ちたかった。 マイラはユシアというより、ユシアの持っている剣をこわがって、ずいぶん離れたところに行ってしまった。話す相手もなくなり、ユシアはただ黙って虚空を見る。カタ、と剣が鳴る。 「なんか、生きてるみたいだね」 さみしくなって、ユシアは剣に話しかけた。こうしてにぎっていると、剣は暖かかった。剣から放たれる光も、ゆっくりと脈打っている。 「きれいな剣」 ため息まじりに言う。刃は細く水晶のように透明で、とてももろそうに見える。柄は白く、青い宝石が二つ埋め込まれている。 「これで殺せるなんて嘘みたい」 今度は、何度も鳴る。いったい剣のなにが鳴っているのだろうとよく見ると、刀身の根元がわずかに揺れ、柄にぶつかっている。 「自分で動いてるよね。なにか言いたいのかな」 まじまじと眺めていると、刃の中できらりとなにかが光った。もともと、剣は光を放っているのだから、目の錯覚だろうか。ずっと見ていると、今度ははっきりとなにかが見えた。 淡い金色の糸の束。始めはそう思ったが、その中に顔を見つけ、すぐに金髪だと気づく。剣の中から、円らな瞳をした女性が、こちらを見ている。柄についている宝石のような色をした瞳。とても長い髪を身にまとわらせ、長い裾の白いドレスを着ている。 きれい。 そう、とてもきれい。この中に閉じこめられているのだろうか。 「ねぇ、閉じ込められてるの」 話しかける。 守ッテ。 女の人の口が動く。 「えっ」 彼ヲ、守ッテ。 声ならぬ声。なにも聞こえないが、彼女が言っていることがわかる。 「彼って、アシュアのこと」 ソウ。ワタシノ愛シイ人。 「愛しい人って、アシュアの恋人」 違ウ、アノカタノ心ハ、ワタシニハナイ。 「振られちゃったの」 愛シテル。 女は、声ならぬ声で絶叫した。剣の映像がかわる。 王座に座るアシュア。馬に乗って出陣するアシュア。いろいろなアシュアの映像がめまぐるしく変わり、遠くからアシュアの姿を見る女の映像で制止した。その女は剣に映った女と同一人物だった。 ドンナニ、愛シテモ、カナワナイ。デモ、オソバニイタカッタ。愛ガカナワナクテモ、セメテ、オソバニダケハ、イタカッタ。 それから黒いマントをきた男が、祭壇に横になった女にむかって、呪文を唱えている場面にかわった。なにかの儀式らしい。 彼ニハ、強イ剣ガ必要ダッタ。ダカラ、ワタシガ剣ニナッタ。ワタシノ愛ハ強イ。ダカラ、ダレニモ、負ケナイ。絶対ニ負ケナイ。 映像が消え、剣の中で女がユシアを見上げていた。 ドンナコトガアッテモ、彼ヲ守ル。デモ、ワタシダケデハ、動ケナイ。剣ヲ使ウ者ガイナイト、ダメ。 「大丈夫だよ。ぼくが守ってあげるから」 剣がなにを言わんとしているかがわかり、力強く請け負う。 守ッテ、彼ヲ守ッテ。彼ハ疲レテ、動ケナイ。トテモ、心配。 「うん、わかってる。ねぇ、名前はなんていうの。ぼくはユシア」 ワタシハ、アルドーラ。金ノ髪ノアルドーラ。 「きれいな髪だね」 アルドーラは、うれしそうな顔をする。 タダノ女ダッタトキ、ミンナガ、ホメテクレタ。彼ダケガ、ワタシヲ見ナカッタ。デモ、今ハ違ウ。ワタシガ必要。ワタシダケガ必要。 こういうのも幸せなんだろうか。 ユシアの心に疑問がわく。それに答えるかのように、アルドーラが言う。 今ハ、トテモ幸セ。イツデモ彼トトモニイル。ワタシハズット、彼ノ命ヲ守ッテキタ。 「へぇ。ぼくもアシュアのこと好きだよ」 オマエイイ奴。ワタシモ好キ。デモ、イツカオマエヲ、殺サナケレバナラナイ。残念ダ。 「ねぇ、どうして、ぼくを殺す必要があるの。ぼく、なにか悪いことしたかしら」 オマエハ、スコシモ悪クナイ。デモ、運命ハ変エラレナイ。ワタシハ剣ニナル運命ダッタ。オマエハ、殺サレル運命。ドウシテモ、変エラレナイ。次ニ生マレルトキ、幸セニナルガイイ。 「そうだね。生まれ変わったらそうする」 そんなことができればね、と心の中で付け加える。 ソウシタラ、友達ニナロウ。オマエモ、彼ニ仕エロ。楽シイゾ。 「そうなったらいいけど、そんなにすぐ生まれ変われるかな。それに、アシュアはぼくのこといやかも知れないし」 ソンナコトハナイ。好キニナレバ、殺スノガツラクナル。ダカラ、冷タイダケ。オマエノ運命ノセイ。運命ガナクナレバ、彼ハヤサシクナル。早ク生マレ変ワレ。 「そういうふうに言われると、早く殺されたくなるなぁ。ほんとにそうなるといいね」 話をしながらも、アルドーラは無邪気でいいなと思う。生まれ変わるなんてことは、ユシアにどうにかできることじゃない。 願エバ、カナウ。ワタシハカナエタ。オマエモソウシロ。 「願うってどうすればいいの」 オマエ、忘レテイル。彼ハ願イヲカナエルトイッタ。ソレヲ使ウダケデイイ。ワタシナドヨリズット楽ダ。 「そうか。ぜんぜん気がつかなかった」 オマエ、ホントニ馬鹿ダ。 剣が笑った。
「きたよっ」 マイラが跳びはねるように、アシュアの元に駆け寄る。 「起きてっ、起きて」 起コスナ。 アルドーラがユシアをひっぱり、マイラに切っ先を向ける。 「なにすんのよ」 マイラが慌てて飛びのく。 「マイラを殺さないで」 力の限りアルドーラを引き戻しながら、必死に叫ぶ。それから、 「マイラ、アシュアは、疲れてるんだから、ぼくたちで戦って、少しでも休ませて上げようよ」 マイラに言う。アルドーラも同意するようにカタと鳴る。 「なに、呑気なこと言ってんのよ。ここは闇の主の世界なのよ」 意義を唱えるが、アルドーラが近づくのを許さない。 「わかったわよ。大変なことになったって知らないから」 諦めて、敵へ身構える。 「ねぇ、どんな敵なの」 ユシアには、相変わらずの闇でしかなく、闇を凝視するマイラに聞いた。と、世界が変わった。見渡す限りの地面がなめらかな平面になり、つややかに黒光りする。彼方に影が見えた。なにかが、やってくる。それは、すさまじい勢いですべってくる巨大な岩だった。 「こんなの相手にどうやって、戦うのよ」 マイラが呆然として言う。 ユシアも同感だった。やはりアシュアを起こそうかと思うが、アルドーラは岩へ向かっていってしまう。剣に引っ張られるようにして、ユシアがついていく。手を離そうとしたが、くっついてしまったかのようにどうしても離れない。剣がひとりでに岩に突き刺さり、強烈な光りを放った。見る間に、木っ端微塵に砕け散る。 「へぇ、すごいじゃない。でもまたくるわよ」 マイラが感心して言う。 岩はいくつもすべってくる。それらすべてを、アルドーラは砕いた。ユシアはおまけのように、剣につかまっているだけだった。 見る間に、平坦な地面が砕けた岩で埋まってしまう。 「お次はなにかな」 マイラは、アシュアのそばでのんびりと言った。思ったより剣が強いため、アシュアに破片がかからないようにしながら、傍観しているつもりらしかった。 「ちょっと、手伝ってよ」 剣に振り回されて体中の節々が痛みだしたユシアが、助けを求める。 「あたし、こういう敵には役にたたないのよね。元から石なんだもん」 「ちょっとどこに行くのっ」 今度はアルドーラに叫ぶ。岩はもうやってこない。なのにアルドーラはどんどんユシアを引っ張り、瓦礫の中を飛び回る。 「ねぇ、なにしているのっ」 なにか見えない敵を切っているような動きを、アルドーラはみせる。 「マイラッ、なにかいるのっ」 早く動きが止まってくれないものかと、ユシアは願う。引っ張り回されて、腕が引き千切れそうだ。 「いないよ。でも、微かにたくさんの糸が見える。全部、ばらばらになった岩とつながってるみたい」 ならば、それを切っているのか。 ごろり。瓦礫が動く。 「ユシア、気をつけな。岩が元に戻ろうとしているよ」 アルドーラが急いで、そちらへ飛ぶ。見えない糸を切り、岩を瓦礫に戻す。そしてまた、別の岩の糸を切る。 「もうないよね」 やっと、アルドーラの動きが止まり、ユシアは心底ほっとする。瓦礫も糸を切られ動かなくなる。かわりに解けだした。 どろりと柔らかくなったかと思うと互いにくっつき、たちまち巨大な塊になっていく。そして、いくつもの巨大な固まりが次々に融合し、最後には一つの土の塊となり、人型へと変わっていった。 「ゴーレムじゃん」 マイラが言う。 「敵さんもアシュアが食べれないものばっか、だすようになったね」 アルドーラがためらうことなく、切りかかる。ゴーレムはすぐに切り倒された。そして、また塊になり、人型になる。 「これじゃ、きりがないよ」 ユシアはどうしようもなくなって、涙を浮かべた。アルドーラの急激な動きに、体がついていけない。これ以上振り回されたら、アルドーラに殺されてしまう。 「あいつはなにをしている」 突然の声にマイラが振り向くと、アシュアが起き上がっていた。口がくちゃくちゃと動いている。 「アシュア、何、食べてるの」 マイラは、驚いて飛びのいた。 「獲物だ。で、ユシアはなにをしている」 マイラは辺りを見回したが、獲物らしき姿はもうない。 「自分で戦うんだって」 「おまえは、なぜ戦わない」 「だって、岩を石にしたってしょうがないじゃないの。アシュアじゃないと無理だと思うな」 アシュアは、ため息をつく。 「まったく、食えんぞ。あれは。アルドーラ」 呼ばれた剣は、すぐにユシアの手から離れ、アシュアの手の中に収まった。呪縛の解けたユシアは、いきおいよく転がる。そこへゴーレムが、踏みつぶそうと足を上げる。 きめらく銀光。 ゴーレムの足が塵と化す。続いて、もう一太刀。今度は、完全にゴーレムが塵となる。もうゴーレムは蘇ろうとしなかった。 「アシュア」 ユシアが倒れたまま、アシュアを見上げる。アルドーラに振り回されて、体中が痛む。あちこちの骨が砕けてしまったらしい。 「休んでなくていいの」 「好意はありがたいが、おまえにこの剣を使いこなせるわけがないだろう」 「やっつけたの」 「ああ。動けるか」 「少し休めれば、すぐに治るよ」 その答えにアシュアは嘆息し、頭を振った。 「ユシア、もうこの剣に触るな。この剣は危険すぎる」 「えっ、でも、アルドーラはいい人だよ」 「だが、利口じゃない。こいつの言うことに惑わされるな。こいつの考えは、短絡的すぎて、いつも厄介なことになる」 「でも、アシュアを休ませてあげようとしたんだよ」 「それが余計なことなんだ。アルドーラは、おまえを振り回せば、怪我をするなどということを、考えもつかない。そのうえ、ゴーレムに気をとられている間に、眠っているおれが襲われたことにも気がつかない」 「えっ、襲われたって、あたしも気がつかなかったよ」 ずっとそばにいたマイラが驚愕する。 「そっと近づいてきたからな」 「アシュア、眠ってたじゃない。どうやって気づいたのよ」 「空腹のおかげだな。獲物の匂いに目が覚めた。目を開けたら、獲物が目の前にいた。だから、食った」 「ずいぶん、静かに食べてたのね。ちっともわからなかったよ」 「ゴーレムが騒々しい音をたててたからな。とにかく、剣が呼ぼうと、手を触れるんじゃない。おれも戦うときに剣がなくては困る」 「ごめんなさい」 ユシアはしゅんとする。そろそろと起き上がる。もう痛みはない。 「もう治ったの」 マイラが目を丸くする。 「うん」 「早いなぁ。ユシアって便利でいいね。アシュアなんてしょっちゅう、腹が減ったの、疲れたのって大変なんだから」 「そうかもね」 「そうだよ」 マイラが実感をこめて言う。
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